(もう、身体は大丈夫なの?)
呼びかけてみた。
(うん、大丈夫だよ)
返ってきた。
(どこに行ってたの?)
(どこって?)
(家にいなかったじゃない)
(なに、言ってんの。みんなでお見舞いに来てくれたじゃない)
(だって、あれは別人でしょ?)
(どうして?)
(あれは紗綾じゃないもの。あのおばあさんも怪しいわね)
(陽子ちゃんって結構するどいのね)
(じゃあ、あれは紗綾じゃないのね)
(ひ・み・つ)
まただ。いつもこればっかりでモヤモヤするばかりだ。
(ねえ、ちょっと少しぐらい教えてくれてもいいんじゃない)
(ごめんね。それは決まりでダメなの)
(どこの決まり?)
(それも言えない)
(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、
イライラ、モヤモヤする!!!!!)
「うふふふふふふふふふふふふ」
紗綾が笑った。
「どうしたの?」
篝が急に笑った紗綾に聞いた。
「なんでもない。ちょっと嬉しくてね」
「ふう〜ん。なんかわかんないけど、笑うことはいいことだから良しとしとこう」
納得するのが早い。
一通り話が済むと稽古がはじまった。
紗綾は感を取り戻すまで傍で見ていることになった。
感って紗綾だったらもう完璧に出来るはずなんだけど。
と思って紗綾を見ると、ウィンクされた。しまった。また心を読まれた。不覚だ。
(そんなに悔しがること無いよ)
(だって・・・・)
紗綾がストレッチをはじめた。身体が柔らかい。
そうだっけ・・・・?記憶に無い。
あれ?なんか記憶が断片的になってる。
そういうものだっけ。
でも、そんな昔のことではないのに、どういうことなんだろう。
記憶について専門的な定義は神経回路のダイナミクスをアルゴリズムとして、
シナプスの重みの空間に、外界の時空間情報を写し取ることによって内部表現が獲得されること。
と、どこかの難しい本に書かれてあったのをなぜか覚えている。
(忘れることは悪いことではないよ)
(でも、最近のことだよ)
(大事なことはそんなに多くないよ。少しの記憶があればいいの)
(なんかもっともらしいこと言うね)
(当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの?)
(それは・・・・宇宙人か・・・神様・・・)
(陽子ちゃん、結構するどいね)
(本当?)
(どうかな・・・・)
はぐらかされる。モヤッとした。
(忘れることは悲しいことでもないよ。その分、新しい記憶が生まれるんだから)
確かにそうかもしれない。
今までの記憶がすべてあるわけじゃない。
楽しかった記憶ばかりでも、悲しかった記憶ばかりでもない。
それはうまく散らばっているのかもしれない。
数えたことはないけど。
記憶に捕らわれて生きてるわけでもない。
今を大事に生きてるような気がする。
いや、絶対そうだ。
昨日のことより、明日のことより、今を目の前のことに集中している。
大事なことだ。そんなことを考えていると、時間はあっという間に過ぎていく。
結局、犬の出番は無かった。このままでは本当に雑用係で終わってしまう。
少し焦りみたいなものが湧き出してきた。
あれ・・・・・私も演劇に目覚めてきたの?・・・・
まさか・・・・。紗綾が戻ってきたからでしょ。
みんながまた集まったからでしょ。
いろんな言葉を当てはめてみた。
シックリくるものはなかった。



つづく