その夜、夕食も済ませお風呂も入り、
後は寝るだけという体勢のときに篝から電話が鳴った。
「陽子ちゃん!今から来て!」
「今から・・・・」
「待ってるよ!」
電話が切れた。
篝から連絡が来るかもしれないと思っていたが、
来ないほうを選びパジャマを着ていた。
失敗した。慌ててスエットに着替えた。
「遅いよ」
篝の第一声である。
「だって、急だったもの」
「ねえ、これ見て」
(人の話は聞いていない)
そこには、衣装の絵が書かれてあった。
これって、以前先輩のところから借りてきた物と、違う物も含まれていた。
また、小道具やらセット図まで書かれてあった。
「なに、これ全部揃えるっていうの?」
「そう!」
「本気?」
「当然!」
「二人でやるの?」
「始めはね」
「はじめは?」
「みんなが戻ってきたらみんなでやるの」
「よく、わかんないだけど?紅愛とかも参加させた方がよくない」
「今はだめ!」
「なぜ?」
「どうしても・・・・」
まただ。何も教えてくれない。篝も同じことをするのか。ちょっとイラっとした。がすぐに平静を取り戻した。
「わかった。じゃ話せるときに話してね」
「うん」
それからノートを見ながら二人でいろんなことを研究した。
篝は、それはそれは大それたことを考えていた。
これは劇団四季でもやらないかもというほどのものだった。
だがお金はかけられない。
だからあるのは知恵だけだ。
誰かが言った。
人間には思考錯誤というすばらしい武器があると。
今はその言葉に従うしかないと思った。
「とにかく、やってみよう!」
元気がいい。この前向きさは篝のよいところでもある。
話は盛り上がりをみせ、気がついたときには三時をまわっていた。
興奮してるのも手伝って五時過ぎまでがんばった。
ある程度のプランは完成した。
あとは実行するのみだ。
篝のベッドで寝てしまった。
 翌日は初めて経験する朝だった。
これほど篝は慌ただしい朝を毎日送っているのかと、ちょっと感心した部分もあった。
「朝から疲れる・・・・」
「だから、授業中寝てるんじゃない」
「ははーん」
なぜか納得した。
それにしてもご飯がちゃんと食べられなかったのが一番こたえた。
三時間目になる前にお腹が減ってしまい早弁をしてしまった。
この学校に通って始めての経験だ。
それを見ていた紅愛(愛葵)が楽しそうにこちらを見ていた。
ただ苦笑いをするしかなった。
生活のリズムが狂うと駄目だということがわかった。
なぜなら早弁をしたおかげで四時間目には眠気というオバケが襲ってきた。
それはとても恐ろしいオバケだ。
またよりによってお染さんの数学だ。
めちゃくちゃ早口で黒板に書いてはすぐ消すという強者だ。
相当集中していないと置いていかれる。
しかし、オバケはやってくる。
オバケとの戦いは壮絶を極めた。
眠気というオバケは人の心を折ることにかけてはピカイチだった。
抵抗できたのは、ほんの二十分程度。
右の瞼が最後まで抵抗した。
よくがんばった右の瞼よ、今は安らかに眠ってくれ。
戦士の休息を誰が止められよう。
目が覚めた時は昼休憩が半分終わっていた。
まだお腹が減っていたので購買部へ走った。
珍しく一番人気の銀チョコが残っていた。
これはついているかもとほくそ笑んでしまった。
教室に戻ると篝が難しい顔をしていた。
アクアのことが頭をよぎったが紅愛(愛葵)がニコニコしていたのでちょっと安心した。
「どうした?」
「早く放課後にならないか念じていたの」
「何を言ってるんだろうね、この子は」
「だって・・・・」
はやる気持ちは分かる。
しかし、時間を進めるという発想はどこから出てくるのだろう。
やはり篝にしか思いつかないことだろう。
次の授業中も篝はじっと念じていた。
だが事態は何も変化しない。変わらない。
それでも篝は念じた。
結局、六時間目終了まで念じていた。
その集中力はたいしたものだ。
その十分の一でも授業に回すのが学生の本分じゃないのと思う心もある。
「時間を進ませるってむずかしいね」
「戻すのもむずかしいよ」
「本当だ!」
(おいおい、ちょっと考えれば分かることだぞ)
(ホント、その通りだね)
(・・・紗綾・・・・?)
(そうだよ。心配かけてごめんね)
(今どこ?)
(後ろ!)
振り向くとそこには紗綾がいた。篝と紅愛(愛葵)がもう話しかけていた。
「元気だった?」
「そんなわけ無いじゃない。病気だったんだから」
「確かに、確かに」
篝が一番嬉しそうにはしゃいでいた。
「よりによって、授業が終わってから現れるとは、今日一日休めばよかったのに」
「早く、みんなの顔が見たくて」
「うれしいね」
篝は紗綾の手をとって離さなかった。
そしてそのまま部室へと向かった。
部室に着いても紗綾の手を篝は離そうとはしなかった。
紗綾も最初はちょっと嫌な顔を見せていたが今は嬉しそうだった。
二人の手はぎゅっと握られていた。
篝は今までの経緯を事細かに紗綾に話しはじめた。
紗綾はニコニコして聞いていた。


つづく