昼休み。
職員室へいってみた。櫻田先生に事情を聞くためだ。
「えっ、櫻田先生お休みなんですか?」
「そうなんだよ。なんだか急な発熱らしくて」
櫻田先生の隣に座っている体育のアラボン(荒木先生)が
今ではめずらしい一九分けの髪をかきあげながら教えてくれた。
その時、担任の出雲先生が入ってきた。
あれ以来まともに口を利いていない。
これまた正体不明だからだ。
学校ってこんなにも正体不明者が集まるものなんだろうか。
まぁ、政府のお役人さんともなると、融通があっちこっちに利くし、
一般庶民には全くわからない裏の話だ。

 放課後。
静けさが部室を覆っていた。
篝は、ただじっと外を見つめていた。
紅愛はパソコンをいじっていた。
多分異常がないか、アクアと交信していたのだろう。
「陽子ちゃん、今日は帰ろうか」
篝が切り出した。そして紅愛も頷いた。
何も話さず、寄り道もせず家まで辿り着いた。
篝が心配だった。
また、何かあるんじゃないかと考えてしまった。

 夜。
風呂からあがると、紅愛に電話をした。
「アクア、大丈夫?」
「ええ、いまのところ何も起きてないわ」
「そう、それは良かった」
それ以上の会話はなく、電話を切った。
超災害が起きてないということは、篝は大丈夫だということだ。ちょっとホッとした。
携帯が鳴った。
リュウ・シウォンの「君と僕」の曲が流れた。
篝専用の着うただ。
「陽子ちゃん、まだ起きてた?」
篝にしては他愛の無い会話から入ってきた。
「どうしたの?」
「ちょっと、相談があるんだけど・・・・今から行ってもいい」
「別にかまわないけど」
その言葉を全て聴き終える前に篝は電話を切っていた。
そして、三十秒もしないうちに篝は息を切らしてやってきた。
ジャージ姿の篝を久しぶりに見た。
手にはなにやらノートのようなものを持っていた。
「どうしたの?」
「これ見てもらっていい」
そこには演劇の練習メニューがぎっしりと書かれてあった。
家に帰りこれを作っていたのだ。
前向きに対処していたから、アクアに超災害は起こらなかった。
「どうするのこれ?」
「ふたりでやるの!」
「えええええええ、ふたりで・・・・」
篝は言い切った。
どんな状況でも篝はこの芝居を、舞台をやり遂げる覚悟をしたのだ。
もう、ここまで来たら行くところまで行くしかない。
いろんな意味で私も本当に腹をくくるしかないと思った。
「いつから?」
「決まってる。明日から」
ノートには、スタート時刻、朝五時三十分ランニングと書かれてあった。
「走るの・・・・?」
「基礎の基礎を鍛錬しとかないとね」
篝の目は輝いていた。
「他のメンバーには?」
「ふたりでやるの」
前向きな発言である。
だがそこには私も入っている、ひとりでやるわけじゃない。
そこが篝と私の関係なのだ。まあ、ここまできたら仕方がない。
「わかった!」
「ありがとう!」
篝が抱きついてきた。ハグだ。それも腕に力が目いっぱい入ったハグだ。
「痛い、痛いよ!」
「ごめんね」
それから三十分バカ話をして、ニコニコしながら篝は帰っていった。
ノートは写すように言われ置いていった。
一ページ一ページよく見てみる。
消しゴムで消しては書き、消しては書きした後があった。
篝が真剣に考えた証拠だ。
中身はちょっとしたオリンピックアスリートの練習メニューだと思った。



つづく