「陽子ちゃん」
「なあに?」
「紗綾ちゃんに連絡して・・・」
篝があっけらかんと言う。
紅愛の表情がちょっと曇った。
「うん、わかった」
携帯電話のボタンを押す。コールが二十回鳴った。留守電にもならない。
「出ないなあ・・・・」
「だめ?」
「うん、出ないよ」
「そう・・・・じゃあ明日だね」
「そうね・・・・」
不安がよぎった。
(まさか、帰ってきていないってことないよね・・・・)
返事がない。
心が読まれていない。
(紗綾!紗綾!)
何度か呼んでみたが、返事がない。
テレパシーが届いていない。
ってもともと私はそんなもの持ち合わせていないけど。
紅愛がじっと見ている。
「どうしたの?」
「ううん。別に」
あきらかに、はぐらかしている態度だ。
そうだ!
分かった!
クッキーだ!
愛葵さんが作ってくれた手作りクッキーのことを知っているんだ。
そして、それがおいしいことも。
「クッキーのこと?」
「えっ・・・・?」
「じゃないの?」
「なんのこと?」
「愛葵さん手作りの・・・・」
「愛葵・・・・のクッキー・・・・?」
「まだ、食べてないから明日学校に持っていくね」
違った。間違えた。やっぱり、そんな食べ物のことなんかじゃなかった。
「ねえ、陽子ちゃん。クッキーってなに?」
篝は食べ物の事となると鼻が利くのだ。
「手作りって言った」
「いやあ、昨日頂いたので・・・・明日、みんなで食べようねって話」
「そんなに美味しいの?」
「ねえ、紅愛」
「うん・・・・それはもう・・・」
「どうして、紅愛ちゃんが知ってるの?」
さすが鋭い突っ込み。
「それは、有名だからよ」
「へえ、そうなんだ。で、なんてなんて名前?」
「えっと・・・・愛葵さんのクッキーっだったかな・・・・」
「知らない。やったね。今日帰りに陽子ちゃん家にいこうかな」
「だめだめ、全部食べちゃうでしょ。あんたは」
「よく分かってるよね。陽子ちゃんは」
当たり前だ。何年あんたと付き合ってると思ってるんだ。
篝はちょっと残念がった。たかがクッキーでだ。
それも篝なのだ。
ファミレスを出ると普通に解散した。
こうして篝とふたりで歩く道はどこまで続くのだろうか。
大学卒業まで、その先まで・・・。
こんなことを、今まで考えたことなど一度も無かった。
当たり前のことが当たり前に過ぎていた日々。
だけど、当たり前じゃないことが起こっている今だから頭をよぎったのかもしれない。
篝の顔が赤かった。
別に照れているわけでもない。
夕日のせいだ。夕日がこんなにも全てを赤く染めるのを感じたことはなかった。



つづく