滝の裏側に確かに洞窟があった。
紗綾にライターとろうそくを渡されていたので、それに火をつけた。
用意はいい。いつのまに用意したのかは考えないことにした。
 足元は濡れていて少し滑る。かすかに、
風を感じた。意外とろうそくの火は消えなかった。
こういうところは途中でコウモリの群れなんかが出てきたり、
ねずみの大群が出てきたりするんだよね。
足が竦んだ。
余計なことは考えないほうがいい。
自分で恐怖を植えつけているようなものだ。
奥に進むに連れていろんな香りがしてきた。
その香りのほうへ足を向けた。
突き当たりが開けていた。
そこはまるでお花畑のようだった。
色とりどりの花が咲いていた。
天井から光が少し漏れていた。
映画などで見る光の筋が一本走っていた。
「白い花・・・・香りがきついの・・・・」
といいながら白い花を探した。
一本だけ茎が長い白い花があった。
頭ひとつ、ふたつ突き抜けていた。
光をその花だけが浴びていた。
近寄ろうとしたとき、足元がぬかるんでいるのに気がついた。
「やばい!」
即座にバックした。
左足の靴が泥まみれになった。
「これ、お気にだったのに」
ショックは大きかった。
何か棒みたいなものがないか探した。
こんなお花畑にあるはずが無かった。
仕方なく、足で、汚れたほうの左足で地面を探った。
覚悟を決めるしかなかった。
何の覚悟って、当然靴が両方とも汚れるってこと。
私にとっては結構大事なことなのだよ。
ろうそくを近くにあった石の上にたてた。
一本でも明るかった。
そっと左足をぬかるんでいる場所に置いた。
ズブズブと左足が沈んでいく。
くるぶしの上あたりでとまった。
今度は右足だ。
ズブズブと沈んでいく。
同じようなところで止まった。
完全に両足とも泥まみれだ。
交互に足を前に出す。足の力が必要だった。
前に出すたびに足が重くなっていく。
水と泥を吸い込んでいるからだ。
やっと、花のそばについたときに初めて気付いたことがあった。
その花の周りに大きな蛇がいたのだ。
逃げたかった。
蛇は大嫌いだ。
足が無いものなんて信じられない。
凍りついた。
蛇が私をじっと睨んでいるのだ。
にらめっこをする気はないのだが、身体が動かないのだからしかたがない。
根競べだ。
蛇が動いた。それも私と反対方向へ。
「チャンス!」
左足をそっと動かしてみる。
蛇が止まった。
こちらも止まる。
まるで“達磨さんが転んだ”みたいな動き方をした。
うれしいことに蛇がいなくなってくれた。
「今だ!」
急いで花のそばに着いた。
白い花は6本あった。
ひとつひとつ花の香りを嗅いだ。
5本はとてもいい香りがした。
1本だけツンとくる香りだった。
「香りがきついの」
紗綾が言った。
他の5本の中で香りがきついのと、どちらがいいのか迷った。
ツンとくるのにした。
理由はなんとなく。
その花を摘んだときそれは起こった。
あの蛇が戻ってきたのだ。
それも確実にこちらに向かってきているのがわかった。
もうここは逃げるしかなかった。
ダッシュした。
蛇も追いかけてきた。
足元が滑る。
うまく走れない。
それは蛇も同じみたいだ。
転ばないように小またで走った。
蛇は壁に身体をぶつけているようだ。
滝の音が聞こえてきた。あと少しだ。
蛇もあと少しのところまで来ていた。
滝が見えた。すぐ左に寄った。
蛇はすべったのか滝に突っ込んでいった。
智恵理と紅愛は驚いていた。
蛇は滝つぼの中でもがいていた。
「紗綾、これでいい?」
走って紗綾のところに行った。
「さすが陽子ちゃん。よく見つけたわね」
蛇が滝つぼから脱出した。
「兎に角、長居は無用」
智恵理が蛇の動きを見て言った。
「じゃ、また目を瞑って」
紗綾はあせるような口調ではなく言った。
蛇は見たくないからしっかりと目を閉じた。
また、宙に浮かんでいるような気がした。数秒だけ。
「もういいよ」
紗綾が言った。
そこは部室だった。
夢だったか・・・・・。
いや違う。手には花。両足ともしっかり汚れている。
これは現実だ。
「おつかれさま」
「ねえ、私たちはどこに行っていたの?」
智恵理が言った。
「そうねえ。簡単にいうと、異界」
「異界・・・・?」
「篝にとりつた虫のいる?」
「そうでもないんだな・・・・」
「わけわからない」
「いいのよ。わからなくて。
本当は陽子ちゃんと二人で行くところを、
あなたたちも連れて行ってあげたのに、もう少し喜んでよ」
「喜ぶったって」
複雑な表情の紅愛が言った。
「あなた、何者?」
智恵理が言った。
「それよりこれからどうすれば?」
また、智恵理に睨まれた。
仕方がないじゃない、
篝のことが気なっているのだから。
紗綾がニコッとして言った。
「その花の香りを嗅がしてほしい。今から、明日の朝まで」
「嗅ぐだけでいいの?」
「うん。嗅ぐだけで大丈夫だよ」
怪訝そうな顔の紅愛と智恵理。
「そんな顔するんじゃないの・・・・信じなさい、私を」
紗綾が言った。
「陽子ちゃん。兎に角急いでちょうだい」
「えっ?」
「花は生き物。早く嗅がさないと効力が無くなっちゃうよ」
「うん、わかった」
部室を飛び出した。
篝に早くこの花をという気持ちと、
足を早く洗いたいという気持ちが私を動かした。
走った。
裏門を抜け、山道を抜け、地獄の階段を下り、走った。
10分もかからず帰り着いた。
 まず、自宅に戻り、ダッシュで足を洗ってから、篝の家に行った。
篝はベッド上でジッとしていた。目は開いていた。
「篝!」
呼んでも返事はなかった。ただ天井を見つめていた。
花瓶に挿した白い花を、篝の目の前に出し、香りを嗅がした。
「・・・・」
篝が飛び起きた。
鼻をつまんでいる。
「これね、この香りを嗅いでると、喉にいいんだって。特に、篝の喉には・・・・」
不思議そうにしている篝。
「魚吹さんたちも心配して、いろいろ考えてくれたんだよ」
この言葉にはいい反応を示した。
いつもそうだが、私以外の人だとちゃんと聞いたり、
良い反応をする。
前に私がこうしたらと言っても篝は聞かなかったが、
全く同じことを他の人が言うと素直に聞いたのだ。
なめてるとしか言いようが無い。
「これを嗅いでて」
篝がノートを取り出しなにやら書き始めた。
“なに、この花?”
「知らない。魚吹さんがこの花の香りを篝に嗅がせて欲しいって」
“なんて花?”
「知らない」
“なんにもしらないんだ”
ちょっとムッとした。これを採ってくるのに誰が走り回ったと思っているんだ。
てなことは言えないし言ったところで・・・・。
それからしばらく篝と一緒にいた。
やはり、いい匂いだとお世辞でも言えない。
でも、今は信じるしかなかった。



つづく