翌日。
快晴だ。雲ひとつ無い青空だ。
気分は爽快。足取りも軽く我が学び舎へ向かう。
という具合にはいかない。
やはり寝不足だ。
考え事をしないつもりだったが駄目だった。
寝よう、寝ようとすればするほど眼が冴えた。
考えは堂々巡り。答えなんて出なかった。
なぜなら前例がないから、夢物語だから、
誰もどうすればいいのか分からないと思う。
私は分からない。
教室に入るのが、ちょっと気が重い。
にぎやかなクラスメイトの声達の中心に紗綾がいた。
「あっ、陽子ちゃん。おはよう」
紗綾は明るかった。
「おはよう」
と、返事を聞き終える前に別な会話を始めていた。
紅愛と智恵理は席に着いていた。
「おはよう」
紅愛が声を掛けてきた。
「昨日は楽しかった」
と、ニコニコしている。
智恵理は、ちょっと難しい顔をしていた。
やっぱりこのふたりは仲が悪いのだろう。
「・・・・」
返事に困った。
そこに廊下を走る音。
「廊下を走るな!」
担任の出雲先生の声。
ちょっとしてドアが開いた。
「間に合った」
篝だ。
朝の光景だ。しかし、今日はここから違った。
「陽子ちゃん、これ頼む!」
と、カバンを放り投げそのままどこかへ消えた。
「どこ行くんだ!」
出雲先生の問いに、
「保健室!」
という会話だけが聞こえた。
「本格的に始まったわね」
と言うなり、智恵理も教室を出て行った。
紅愛に視線を向けると、我関せずと授業の準備をしていた。
紗綾は、ニコニコと本当にうれしそうだった。
「本格的に始まった・・・・?」
とはどういうことだ。不安がよぎった。


 結局、篝は昼休みまで戻ってこなかった。
「どこ行ってたの?」
「うん」
弁当を、ビデオの早回しのごとく、箸を高速回転させ、
ものの数分で食べてしまった。
「なに、慌ててるの?」
「うん」
お茶を一気に飲み干した。
「陽子ちゃん、ノートよろしく」
「篝!」
また出て行った。夢中になると、周りが全く見えなくなるのだ。
あるとこまでいかないと落ち着かないだろう。
「元気だね。篝ちゃん」
紗綾だ。
「魚吹さん、教えて?これからどうなるの?」
「わからないよ、そんなこと。昨日話したでしょ」
「・・・・じゃ、今、篝は何をしようとしてるの?」
「なんだろうね?楽しみだね」
「押し問答してる場合じゃないの」
「そんなつもりもないけど」
イラっとくる。この話し方が嫌いだ。人を小ばかにした態度だ。
「別に、小ばかにしたつもりはないけど」
ゲッ、心が読まれてる。マジかよ。
紗綾が声にはしてないが、口パクで“マジで”と言った。
本当に困った人だ。いや宇宙人、それとも・・・・神様。
それには反応しないで、
「智恵理ちゃんも帰ってこないね」
そうだ。篝が出ていったあと、すぐにいなくなったきりだ。
辺りを見回した。
紅愛もいなかった。そうだ、弁当ではなく食堂通いだ。
一人だから朝作るのが面倒だと言っていた。自己解決。
紗綾、頼むから何が起きてるのか教えて、と心に思い描いたが、
「言えないの」
といつも通りの返事が返ってきた。
冷たい。
まだ時間があったから、何気に部室に行ってみた。
紅愛がいた。パソコンを開いて何かを打っていた。
「なにしてるの?」
「通信」
「まさか・・・・アクアと?」
「そう」
「パソコンで出来るんだ」
疑問だ。どうやって繋がっているんだろう。
当然ながらケーブルはないだろうし、
電波にしてもアンテナなんかないし、疑問だ。
考えても仕方ないか・・・・。
紅愛がパソコンに向かっている姿をずっと見ていた。
どう見ても普通にしか見えない。
変わったところなど微塵もない。
「私もただの人間よ。日本人よ」
見られているのが鬱陶しく思ったのか紅愛が言った。
「でも、違う世界の人なんだよね。やっぱり・・・・」
思っていることを素直に言った。
「それより、被害が出たみたい」
パソコン見ながら冷静に紅愛が言った。
「えええええええ。・・・・じゃ、篝になにかあったってこと?」
「そうなるわね」
「そこらへんで、転んでたりして」
ドアのところに、紗綾がいつの間にか立っていた。
紅愛は紗綾の存在に驚いた。
「物音ひとつしなかった・・・・忍者か?」
ここに私と同じ反応をした人間がいた。すこしうれしかった。
「なに、ニヤついてるの?」
紗綾が私の顔を覗き込んだ。
「別に・・・・」
「そうかな・・・・」
(人の心を読むな)と心の中で叫んだ。
「ごめん」
素直に紗綾が謝った。
紅愛がこの会話を見て不思議に思ったのか、
「ふたりで、なにしてるの?」
「べ、べつに・・・・」
慌てて答えた。
「魚吹さんとは、ちゃんとお話したことないですよね」
「そうね。じゃあ、なにから話す?」
「・・・・」
「じゃあ、わたしから。どうして転校してきたの?」
「ええ、親の転勤で」
「どうして、演劇部に入ったの?」
「演劇に興味がありまして」
「どうして、春日さんと話をしないの?」
「それは・・・・」
「生理的にきらい?」
「そうではないですけど・・・・」
「でも、そうなんだ」
「そうではないです」
「そんな、他人行儀な。クラスメイトなんだから。ねえ!」
と私に、紗綾が同意を求めてきた。
「そうね」
しか答えられなかった。
「でも、篝っておもしろいよね」
「そうですね。興味深いです」
話が変わっている。
「わたしは、陽子ちゃんのほうが好きだけど」
ドサクサに紛れて、何を言い出すんだこの女は。


 これも、後で聞いた話だが、アクアには紗綾の存在は確認できなかった。
パラレルワールドは並行世界。
同じ名前の人間が存在しているらしいのだが、
紗綾の存在は確認できなかった。
そりゃそうだ。だって宇宙人かもしれないんだから・・・・神様かも・・・・。
それから紅愛は紗綾に興味を持ったみたいだった。

つづく