放課後までずっと紗綾の言葉が頭を廻っていた。
そしてことは更に動き出した。
と言うのも熊野紅愛と春日智恵理が演劇部に入ったからだ。
「演劇に、とても興味があって」
優等生のコメントの紅愛。
「・・・・」
よく聞き取れない智恵理。
この状況は・・・・篝が昨日望んだこと。
篝は神にでもなったのか?
それはない!
じゃ、何なの!
紅愛と智恵理は『虹色の羽根』の台本を前にただじっとしていた。
台本を開こうともしない。
ふたりとも真剣な表情だ。
この二人は一体誰なのか?
何の目的でこの学校に現れたのか?
紗綾の言葉が気になる。
どういう意味なのだろう。
篝は何をしたというのだろう。
篝本人に聞いても、多分わからないだろう。
なぜなら、それが篝だからだ。
それともうひとつ気付いたことがある。
不思議なことに、紅愛と智恵理は今日一言もお互い話をしていない。
なにかを警戒しているようにも見える。
疑うと、なんでも怪しく思えてくる。
私ってこんな人間だったっけ。
なんか変になってくる。
SF小説か、それともアニメかと疑いたくなるような現実がそこにあった。
「あとひとりね」
「なにが?」
「部員に決まってるでしょ」
「ああああああ」
多分、この勢いだと見つかるだろう。
いや、向こうからやってくるだろう。
“コンコン”
ドアをノックする音。
「どうぞ!」
ドアが開く。
来た!
最後の一人。
そこには魚吹紗綾が立っていた。
「紗綾!」
篝は前からの友達のように紗綾に抱きついた。
「どうしたの?」
「私も演劇部にいれてもらおうかと思って」
「本当・・・?」
篝の目が輝いた。
「大歓迎だよ」
「いいの?」
「あたりまえじゃない。ねえ、陽子ちゃん」
「・・・・」
その光景を紅愛と智恵理がじっと見ていた。
「これで揃った!5人集まったよ。陽子ちゃんすごいよ」
私も、本当にすごいと思う。
しかし、これは何かの陰謀なのだ。
篝、頼むから気付いて・・・・
「あっ、これがあの本なのね」
紅愛の前に置かれてあった本を取り上げ言った。
“あの本・・・・?”
それを聞き逃さなかった。
紅愛の表情が強ばった。それは智恵理も同じだった。
すると智恵理が急にしゃべった。
「この本のコピーは何部とったの?」
「うん、5部だよ」
「どこでコピーしたの?」
「職員室」
「そう・・・・」
それを聞いた智恵理が部室を急に出て行った。
「なんなの。この会話は・・・」
窓の外を見ると、智恵理が学校イチのお局・櫻田泰子先生と立ち話をしている。
すごく気になるが、2階からだと、どう聞き耳をたてても全く聞こえない。
櫻田先生は、智恵理の話に頷き、聞いているだけだった。智恵理のほうが、格が上に見える。そこに他の生徒たち4人組が近寄ってきた。
今度は明らかに、智恵理が何かの指示を出している。
そして、部室を見上げた智恵理と目が合った。智恵理は、ただじっと私を見つめているだけだった。
後から聞いた話だが、このあと櫻田先生の支持の元、職員室のコピー機をすべてその日のうちに入れ替えたそうだ。
「よし、まずは部室の掃除からはじめよう!」
篝の声が響く。
たしかにこの物置部屋状態だったら稽古の一つも出来ないだろう。
部屋掃除をはじめていると智恵理が戻ってきた。
「ごめんなさい」
「長いトイレだったね」
篝が言うと、
「ごめんね」
と言った。
そして、私のほうを見た。
すると、智恵理がニコッと笑った。
「うっ・・・・」
背筋に何か走った。
掃除が片付く前に下校時刻となった。
「今日のところはこの辺にしとこう」
「来たときよりは、よくなったじゃない」
頭に鉢巻をした紗綾が言う。
智恵理も紅愛もただ黙々と作業をしていた。
だが、一瞬ふたりが言葉を交わしたように思える瞬間があった。
その表情は強張っていた。
帰り支度を済ませると、篝が言った。
「明日にはスケジュールを作ってくるから」
紗綾が言った。
「ねえ、配役はどうなるの?」
「うん、それも考えなくちゃね。でもまだ紅愛ちゃんと智恵理ちゃんのことよく分からないから、できれば台本を読んで自主申告してくれるとありがたいかなって」
「わかった」
とふたりは答えた。
「篝、本当は紗綾も付き合いは全くないんだよ!」
と、叫んだ。つもりだった。
しかし、その声は届くことがない。
なぜなら、急に声が出なくなったからだ。
紗綾を見ると、ニコニコして私を見ていた。
(あんたがやったの?)
(うん)
テレパシー!!
(今だけね。色々喋られちゃうとまずいことがあるのよ。ねっ、わかって)
と言ってウインクをした。
宇宙人?・・・・まさか神様?
どんな未知との遭遇をしているのだ、私は・・・・。
そろそろ、普通の高校生の許容範囲を超えてきた。
ここまで現実味がない話を誰にしたら理解してくれるだろう。
多分、いない。
子供電話相談室や国民生活センター、教育委員会、区役所、学校、テレビ局、神社、寺、教会などに話したところで答えはひとつ。
笑われるだけだ。
それは、それだけは分かる。それが今の大人たち、社会だからだ。

つづく