授業はいつもどおり篝の理解を超えているところにあるみたいだった。
ぐっすりと1時間目から寝ている。
ノートをしっかり取っていれば点は取れる。それがこの学校のいいところだ。
休み時間。
篝が急に動き出した。
「ねえ、陽子ちゃん」
「なあに?」
「決まったよ」
「なにが?」
「出し物よ。出し物」
「なんの?」
「決まってるじゃない」
「なにが?」
「演劇部の公演よ」
「あああああああああ」
「あああああああって」
そうだ。篝は演劇部だった。
「で、何時やるの?」
「5月・・・・定期公演」
「ええええええええ」
思い立ったが吉日とは篝のためにあるのかもしれない。
「定期公演って・・・・去年やってないじゃない。・・・・それに部員いたっけ?」
「これから集めるわよ」
「どうやって?」
「スカウトよ」
「スカウト?」
「最低5人は必要なの」
「今から5人?」
「うん。でも心配しないで。陽子ちゃんはちゃんと入ってるから」
「えええええええええ」
「だからあと4人」
「えええええええええ」
「演目はこれ」
そこには『虹色の羽根』と書かれた台本があった。
結構古い本である。
「陽子ちゃんも読んでみて」
「ううん。分かった」
「絶対、面白くなるわ」
ここまで思い込むともう誰にも止められない。
良いも悪くもそれが篝なのだ。
それから篝は、休憩時間になるとどこかへ出かけていった。
と、思ったら午後の授業時間中、篝はずっとため息をついていた。
今日一日の〆のホームルームが終わると、
「部室で待ってて」
と言ってどこかへ消えた。
私はもう部員のひとりとなっていた。


 演劇部の部室は、部室棟の2階の角にあった。
埃っぽく、荷物ばかりで物置状態だ。
部員は篝一人。
知る限り、去年の春以降それらしき活動はしていない。
見せどころの文化祭も音沙汰はなかった。
篝に渡された台本を読んでみることにした。
『虹色の羽根』
タイトルはありふれていると言うか、新鮮味はない。
台本っていうのは読みなれていないが、スラスラと読みすすめることができた。
案外、面白い。
暫くして篝が来た。
そのころには本はもう読み終わっていた。
「どこ、行ってたの?」
「スカウト・・・・」
「でっ・・・・?」
「だめだった」
「そう」
「でも、明日がある。転校生とか謎の少女とかそんな人がきっといる」
とことん前向きだ。
でも、都合よく転校生がいたりなぞの少女がいるとは思えないし前途多難だ。
「ねえ、読んでくれた?」
「うん」
「で、どう?おもしろい?」
「うん。意外と・・・」
「良かった。これね、創設以来数回公演されていたものらしいの。最後にやったのはたしか13年前」
「ふーん」
「だけどそれっきりやってなかったし、台本も資料もすべてなくなったの?理由はわかんないけど・・・・」
「へえ・・・・・」
「一昨日、これを偶然古本屋で見つけたとき驚いたわよ」
「古本屋で・・・・」
「そう、何かのめぐり合わせだわ」
「ふーん」
「これで廃部も無くなるわ」
「廃部?」
「うん。あれ言ってなかった?このままだと廃部だったの」
「それで、慌ててたんだ・・・・」
「まあね」
また屈託のない笑顔。
「じゃ、あとは部員か・・・・?」
「大丈夫だよ。なんとかなる。そんな気がする」
「まあ、そうなればいいけど」
全く、部員が居なかったこの1年で、そう簡単にはことは動かないよ。
誰かが仕組まないかぎり。


しかし、私の予想を裏切ることが起こった。


篝が呟いた言葉その1“転校生”。


そう、転校生が来たのだ。それもふたり。
翌日、担任の出雲に連れられ現れた。
篝はもろ手をあげて大喜びした。
「熊野紅愛です。宜しくお願いします」
メガネッコだ。
「春日智恵理です」
ポニーテールがすこぶる似合っている。
女の私から見ても、二人ともタイプは違うがとても可愛い。
でもなんでこのクラスに・・・・ふたりとも・・・・?
疑問が生まれる。
それは私だけが思っているだけで、二人は、一気にクラスの・・・嫌、学校中の人気者になった。
何なんだ!これは・・・・篝が望んだようになっている。
神様とか、超生命体とかが仕組んだとしか思えないくらい出来すぎている。
「陽子ちゃん。すごいよ。願えばかなうものなんだね」
大喜びの篝。
「おかしい・・・・昨日の今日で、それもなんの前触れもなく転校生が来るなんて」
「考え過ぎだよ。陽子ちゃん」
キラキラと篝の瞳は輝いていた。
その時、クラスの空気が変わったように感じた。
なにこの雰囲気。辺りを見回したが気になることはなかった。
それに気がついたのは3時間目の授業中だった。
廊下側から2列目のちょうど真ん中の席に、長い髪の美少女がいた。


篝が呟いた言葉その2“謎の少女”。
魚吹紗綾だ。
“だれだ!”
このクラスは、こんなに可愛い度が高いクラスではないはずだ。
だが、クラスメイトたちは誰も気付いていない。
紗綾は当たり前のようにクラスに溶け込んでいる。
どういうことだ。
たしかに昨日までは居なかったはず。
みんな集団催眠にでもかかったのか?
でも、なぜ私は紗綾の名前を知っているの?
・・・この学校で、この教室で何かが起こっている・・・・
昼休みになると、弁当を烈火のごとく食べ、私は紗綾を裏庭に呼び出した。
「どうしたの、陽子ちゃん?」
「ねえ、・・・・あなた誰?」
「えっ・・・・何、言ってるのかな・・・」
「昨日までいなかった。ううん、今日授業が始まる前まで、このクラスにあなたは存在していなかった」
「・・・・」
「ちがう?」
沈黙があった。すごい時間がかかったように思えた。
「・・・・すごい、陽子ちゃん。よく気がついたわね。やっぱり、陽子ちゃんすごい」
「あなた・・・・誰?」
「それは、・・・・ひみつ」
「えっ・・・・?」
「言えないの。ごめんね。・・・・」
「どうして?」
「どうしても・・・・(笑)・・・・それより、あの転校生たち。誰だと思う?」
「・・・・やっぱり・・・何か関係があるのね、あのふたりも・・・・」
「こんなときに転校してくるなんて、それも二人。それも同じクラスに・・・不思議よね」
「なにが起こっているの?」
「ごめんね。言えないの・・・」
なんなんだ。このもったいぶりは。
「どうなっちゃうの?」
胸の奥で混乱が始まった。
「ひとつだけ教えてあげる。今回のことは日向篝からはじまった」
「・・・篝から・・・・」
「そう、でも事の発端は昔から起こっているんだけどね」
「なんで篝が・・・・」
「でもそのことに日向篝は気付いていない」
「たぶんこれからも・・・」
「わけわかんない・・・・」
「やっぱりねえ、陽子ちゃんがどうして日向篝と生まれたときから、ずっと一緒だったか、なんとなくわかるね」
「なに、言ってるの?」
頭がおかしくなってくる。
大きく深呼吸した。
振り返ると紗綾の姿は消えていた。
「ええええええ・・・・忍者か・・・・(古)

つづく