(4)
翌日の早朝。
また私が一番最後だった。
でも今日は起きるのが辛かったわけじゃない。
昨日のみんなと同じように今日は私も朝食を用意してきたからだ。
やはりお腹にちゃんとごはんを入れておかないと力がでない。
昨日の私みたいに。(怖くてじゃないよ)
「うわっ、おにぎりっ」
糸井繁美と水野真澄が喜んでくれた。
「朝からヘビーね」
水口陽子は気に入らなかったみたいだ。
それでも三つ食べてくれた。
そんな風に校門前でワイワイやっているとあの鈴の音が聞こえてきた。
「来たわね」
一瞬にしてみんなの目の色が変わった。私も変わったような気がした。
段々、鈴の音が近づいてくる。
そして我々の視界に黄色いランドセルが目に入ってきた。
周りには靄がかかり不思議色満点の効果を出していたが、
そこには人の姿は認識できず我々の視界にあるのは黄色いランドセルだけだった。
その靄の中を一歩、一歩、進んでくる黄色いランドセル。
「どう?見える?」
「無理ね」
ピンボケ写真よりもどうしようもなく見えずらい。
校門前に着くと一陣の風が吹き、靄を吹き払ってくれた。
そこには黄色いランドセルを背負った小さな小学生が立っていた。
まだ顔は認識でないし男か女かも判らない。
水口陽子は疾風のごとく駆けて黄色いランドセルの小学生の前に立った。
その間、水野真澄はなにやら呪文のようなものを唱えていた。
糸井繁美は近づきながら、写真を撮っていた。
私は・・・・それを見ていた。
「あなた誰?」
さすが水口陽子、みごとな質問である。
「・・・・」
「どっから来たの?」
「・・・・」
「もしかして死神?」
その言葉に少しではあるが黄色いランドセルの小学生の身体が反応した。
「水野さん、その呪文効かないわよ」
糸井繁美が言う。
「死神さんがどうしてこんなとこに来るの?」
「・・・・」
私は水口陽子たちが話している相手の顔を覗こうと身体を捻るが全く見えない。
「迷惑なんだけど」
水口陽子が例のごとくはっきりと言った。それでも死神さんは何も答えなかった。
対峙している時間がことのほか長くなってきた。言葉のやり取りもほぼ無くなっていた。
しかし、水口陽子と黄色いランドセルの小学生はじっとして動かなかった。
「なるほどね。そうなんだ」
急に水口陽子が呟いた。
「判ったわ・・・・お願い、少し時間をくれない」
水口陽子は誰かと話をしているみたいだ。たぶんそれは黄色いランドセルの小学生だ。
と次の瞬間、黄色いランドセルの小学生は消えていた。
水口陽子大きく息を吐いた。
「どう判った?」
糸井繁美が聞いた。
「うん」
水口陽子が明るく答える。
「部長、話をしたんですか?」
水野真澄に聞くと、
「そうね」
「ってことは・・・・テレパシーですか・・・・?」
「今ある言葉で言うと・・・・そうなりますね」
私は見た。超脳力を。
それを操る人間を初めて見た。
これはテレビに売れば相当もてはやされ1日、一晩、
いや一時間で超有名になること間違いなしだ。
「さあ、解決しにいくわよ」
皆の目がさらに燃え上がり虹色に変わって見えた。


 今日は久々の朝の合同朝礼の日だ。
校庭に高校の一年から三年までの生徒がゾクゾクと外に現れた。
水口陽子は綺麗に整列している一年生の間を、
これまた百貨店の地下食料品売り場の混雑を流れる水のごとく
すり抜ける技を駆使するかのように進んだ。
そしてひとりの生徒に前でその足を止めた。
その生徒に見覚えがあった。
昨日、放課後の校門前でで三十分もうろうろしていた生徒の美ヶ原あやめだった。
「あなたに話があるの」
水口陽子はそう言ってうむも言わさず、右手を捕まえるとそのまま部室へと連行してしまった。
周りの人は唖然とその光景を見ていた。


美ヶ原あやめを囲むようにして水口陽子たちは座った。
「どうしてここに連れてこられたか判るわよね」
いきなりそんな無茶なこと言われても無理でしょ。
「・・・・」
ほらね。
「どうなの?」
だから無理だって。
「なんとなく」
判るんだ!なんでだ!どうしてだ!
「死神さんとどんな契約をしたの?」
水口陽子はいつもの攻撃的な話し方ではなく優しく話した。
あやめは少しうつむいてから顔をあげ話しはじめた。
「私は親の離婚で悩んでいました。私がどちらに付くかで親がいつも喧嘩していました。
もうそんなの見たくないと思いました。私のせいで喧嘩してほしくないと思いました。
そんなことを思っていたら急に死にたくなったんです。
そんな時ネットで死神通信のことを知りました」
「死神通信・・・・?」
糸井繁美がパソコンを開き、調べ始めた。
「それで?」
「それで・・・・そこに書かれてあった通りにサインしたんです」
「何が書かれてあったの?」
「それはどうやって死ぬかでした」
「なんと」
水野真澄が反応した。
「それから不思議なことに鈴の音がするようになり、
次に子供の声で迎えに行くからと聞こえてくるようになりました」
「それが黄色いランドセルの・・・・」
大きく頷くあやめ。
私は何だか周りのことが気になりキョロキョロ見回した。
「そしたら急に両親が離婚しなくなったんです」
「それは良かった」
「ええ・・・・死ぬのが怖くなりネットの死神通信を調べたんです。そしたら・・・・」
「そしたら?」
「見つからないんです」
水口陽子は糸井繁美を見ると、糸井繁美は首を横に振った。
「どうしたらいいでしょ・・・・もう怖くて、怖くて」
腕を組み考え始める水口陽子たち。私はただ見つめるだけだった。
「仕方ないわね。あれをやるしかないわ」
糸井繁美は大きく頷き、部室を出て行った。
水口陽子はあやめに契約書を書かした。
そこには死にたくないということと水口陽子を代理人にするということが書かれてあった。
これがなんの意味を成すのか私には全く理解できていなかった。
「大仕事をしにいくわよ」
水口陽子は意気揚々とあやめを連れて出て行った。
私は取り残されかけたが慌てて後を追った。


そこは新館五階にあるコンピューター室だった。
ひさびさにここへ来た。中に入ると糸井繁美がいた。
部屋の中のコンピューターすべてが起動していた。
「準備できてるわよ」
糸井繁美が水口陽子に言った。
「OK。じゃ、やって」
糸井繁美はコンピュータのエンターキーを押して回った。
水野真澄は面白そうにそれを手伝った。
ネットが繋がっていてそこには死神通信と打たれてあった。
”グィーン”
部屋にある全部のコンピューターが動き始めた。
水口陽子は満足げにそれを見ていた。
しばらくして全てのコンピュータが止まりブラックアウトした。
すると鈴の音が聞こてきた。
「きたッ」
水口陽子は小さな声で言った。私は聞き逃さなかった。
鈴の音が大きくなったときコンピューター室が靄に包まれた。
そして黄色いランドセルが私たちの目の前に現れた。
「わッ」
声を漏らしてしまった。黄色いランドセルが私のほうに向かってきた。まずい。
「こっちでしょ」
その時天の声がした。水口陽子だ。
「死神さん。あなたの契約したのはこっちの人ですよ」
死神さんは水口陽子のほうに近づいた。
「私はあなたが契約した美ヶ原あやめの代理人です。これが証明です」
と死神さんに契約書を見せた。
「あやめちゃんはもう死なないと言っています。
あなたとの契約は終了しました。
わかります?ここにもそう書かれてあるわ」
その時初めて死神さんの声を聞いた。それはとてもきれいな少女の声だった。
「本当に?」
「本当だよ。死神さんは死にたくない人の命を奪うことはしないでしょ?知ってるよ」
そうなんだ。はじめて私は聞いたし知った。
死神さんには、あまり良いイメージは持っていなかったけど
むやみに命を奪うことをする人ではなかったんだ。
あっ、人ではなかったですね。
「美ヶ原あやめちゃんは今では生きる喜びを人一倍感じています。
生命力はさらにアップしました。どうか、このままお引取りください」
水口陽子は敬意を表しながら話した。
「そっ、それは残念だ。でも、生きるっていうんじゃ仕方ないね」
「ありがとうございます」
水口陽子も糸井繁美も水野真澄もあやめも頭を下げた。
私も0.3秒ほど遅れて頭を下げた。
顔をあげた時には死神さんはもういなかった。
水口陽子はあやめに一言だけ言った。
「絶対、毎日やってほしいことがあるの」
「はい」
「必ず朝か寝る前にでもいいから、全てに感謝して。
それが死神さんとの最後の約束だから。いい」
「判りました」
「あのう、もし約束を破ったら・・・・?」
私は下世話な質問をしてしまった。
「それは・・・・」
このあとはみなさんの想像にお任せします。

つづく