(2)
”朝の目覚めってこんなに気持ちがいいのだろうか!”
という人がいるがそれは何かの勘違いだと私は思う。
目覚ましの轟音、迫り来る時間の恐怖、全身に感じる脅威のストレス。
どれをとってもいいことはひとつもない。
身体に鞭打つとはまさにこのことだ。
生活習慣という言葉はなぜあるのか、
それはこんな早起きをしない為のものだということを皆さんも知っていてほしい。
これは私の切なる願いだ。
そんなことを考えつつ支度して、家を出たのが六時ちょっと過ぎだった。
やけに風が冷たく感じた。
当然足取りは重く、真冬でもないのに身体を丸めて歩いた。

坂道を登り学校についたときにはもうみんな集まっていて私が最後だった。
「遅くなりました」
「別にいいのよ。集合時間にはまだ二十五分あるんだから」
「そう、そう」
「気にしない。気にしない」
もういつものペースで話をしている。
この人たちには身体的苦痛というものが無いのか思案に苦しむ。
まだ背中を丸めて立っていると水口陽子が水筒を出し紅茶を紙コップにわけ差し出してくれた。
用意周到とはこういうことをいうのかもしれない。
すると水野真澄がサンドイッチを鞄からだし分けてくれた。
糸井繁美は果物をくれた。
綺麗に飾り切りされてあった。私は・・・何も持ってきていなかった。
「たまたまよ」
とみんないうがそんなことはない。
まるでピクニックにでも来ている様な感覚なのだろうか。
とにかく今更ながら凄いと思った。

 時間は意外と早く過ぎていくものだと思っていたが、今日に限ってはそうではなかった。
何気に時計を見るとまだ七時十五分だった。
目の前を通り過ぎていくのは部活の朝練がある体育会系の生徒ばかりだった。
そんな時鈴の音がした。
「チリリン・・・・チリリン・・・・」
私は息を呑んだ。ここのところ息を呑むことが非常に多くなってきている。
ちょうとは驚くことに免疫ぐらい出来てもいいんじゃないかとおもうことがある。
「来たわね」
水口陽子が静かにいう。
「ええ」
糸井繁美と水野真澄がそれに答える。
鈴の音が段々近づいてくる。
「チリリン・・・・チリリン・・・・」
私たちの視界に一人の小学生が入ってきた。
なぜ、小学生と判ったかというと、ランドセルを背負っていたからだ。
そして、そのランドセルというのが噂の黄色いランドセルだった。
私は、水口陽子たちの顔を見た。
みんな満面の笑顔を浮かべていた。
そのワクワク感が伝わってきた。
でも、私はワクワクしなかった。
それよりどうしょうという気持ちのほうが私の全身を覆いつくしてしまった。
それは見事に身体に反応した。
足が震えてきたのだ。
そして力が入らなくなり今にもその場に座り込んでしまいそうになるのを
なんとか堪えるのが精一杯だった。
「行くわよ」
水口陽子はそういうと黄色いランドセルの子に向かい歩き出した。
それに糸井繁美と水野真澄が着いていく。
私は少し遅れて歩き出した。
それは嘘だ。歩こうとした。というのが正解だ。
右足も左足も全く前に出ないのだ。ついでに声も出せない状態。
私の目には水口陽子たちが黄色いランドセルの子に近づいていくのが
はっきりと見える。ということはこれは紛れも無く現実なのである。
と認識した瞬間黄色いランドセルの子が視界から消えた。
夢ですか?何が起きんですか?
私の心臓がバクバク言っている。
水口陽子たちはあたりを捜して回ったが手がかりになるようなものはなにも無かった。
「これって幽霊ですか・・・・?」
やっと声が出た。
「わかんない」
水口陽子は冷静に答えた。
「諸々ちゃんと分析してみないとね」
水野真澄も冷静に答える。
「面白くなってきたなぁ」
糸井繁美の目はランランと輝いている。
”楽しんでいる”
この人たちは部活だからではなく、ピクニックでもなく、ただ楽しんでいるのだ。
だから早起きも紅茶を淹れてくるのもサンドイッチを作ってくるのも
果物を飾り切りしてくるのも苦にならないないのだ。
「見た?」
糸井繁美が水口陽子に聞いた。
「判らなかった」
「私も」
「あなたは?」
「私ですか?・・・・で、何を見たって・・・・?」
「顔よ、顔」
「いやあああああああ・・・・見てないです。遠かったし・・・・」
それから先の言葉は飲み込んだ。
本当は身体が震えて目も震えていたから
視点が定まっていなかったなんて言ったら普通は笑われるけど、
この人たちはたぶん違う反応を示すだろう。
それがどんな反応なのか今の私には想像もつかない。
「もう、今朝は出てこないと思うわ。とりあえず、部室に行きましょう」
あたりを見回しつつ部室へ向かった。