糸井繁美が職員室から出てきたのは午後三時を回った頃だった。
「糸井、もう二度とやらない様に」
後ろから追いかけてきた声を受けて
「はーい、気をつけまーす」
と、軽く応じた糸井だった。
そしてそのまま第二霊能部部室に入るやいなや
「もう、やってられないわぁ」と呟いた。
「どうしたんですか?」と私は一応聞いてみた。
愚痴を聞くのもコミュニケーションを円滑にするものだ。
「知ってるわよ、職員室のガラスを割ったんですって?」
水口陽子が刺すように言う。
「そんなぁ、まるでこちらが悪いみたいに言わなくても」
「もう校内中で話題になってますからね」
水野真澄が軽く流した。
「あ、あのガラスを割ったのって糸井さんだったんですか」と私は念を押してみた。
「割った、割ったってうるさいわねぇ、勝手に割れたのよ」
「ソフトボール部の遠投練習に混ざらなくてもいいと思いますがね」
水口陽子は容赦なく言い放った。
「いやぁ、クラスメイトに誘われて、つい」
「勝手に割れたってどういうことですか?」
遠投練習にガラス?正にどういうことなのか私は気になった。
「それよ、それ。ボールが勝手に遠くまで飛んでいって、職員室まで行っちゃったのよ」
「勝手にって、糸井さんが投げたのでしょう?」
水口陽子は既に些か呆れ気味だ。
「でも不思議ですね。去年も職員室の同じガラスが割れたという噂を聞きましたよ」
と私はクラスメイトから聞いた噂話を口にしてみた。
「同じガラス・・・そういえば去年もガラスが割れたと騒いでいたわね」
水口陽子の目の色が変わった。
「同じガラスなの?ちょっと調べてみようっと」
糸井繁美がコンピュータを起動し、勝手に校内のデータベースにアクセスし始めた。
糸井繁美の顔がひきつりつつにやける。
「やっぱり違うわ。毎年同じガラスが割れてると記録されているもん」
私はそのこと自体よりも糸井繁美の調査能力に驚いていた。
「どういうことかしら」と水口陽子が尋ねる。
「記録に残っているのは日付と修繕箇所と費用くらいなものだけど、日付も修繕箇所も同じ」
「怪しいわね」
「まさか・・・まだあの呪いが・・・」
水野真澄が呟いた。
「呪い?」と思わず私は口にした。
「霊能部設立間もない頃に起きた事件のことです」
「事件って?」と糸井繁美がたたみ掛ける。
「一人の生徒が突然職員室で暴れ始めて、手近にあった辞書をガラスに投げつけたんです」
「突然というのは憑依されたという意味かしら」
水口陽子が真面目に問うた。
「たまたま職員室にいたものですから、すぐに霊を追い払ったつもりなのですが」
「霊、ですか」
霊?
水口陽子と水野真澄のやりとりに私は注意を払った。
「厳密に言えば鳥の霊です」
「鳥が何故?」
「当時聞いた話では、その前の年にツバメの巣を狙っていたカラスをある生徒が追い払おうとした時、
誤ってガラスを割ってしまったとのことでした」
「じゃ、カラスの地縛霊ってこと?」
「でもカラスは逃げて飛び去りました」
「それなら、ツバメが?」
「それはわかりません」
「では、ちょっと行って調べてみましょうか」
話の焦点が絞られたと見極めたのか、水口陽子を筆頭に支度を始めた。

 4人は部室を出て、職員室の外側の小さな庭に向かった。
「派手に割れていますわね」と水口陽子は観察結果を述べた。
「だから、割ったんじゃないってば」
「あら、あれは・・・」と水野真澄が呟く。
「何か見えるんですか?」と私は聞いてみた。
「いえ、あの上よ、ツバメの巣があるでしょう?」
「あ、ほんとだ」と糸井繁美も見上げながら言った。
「でも殆ど朽ちてますわね」
「脚立か何かないかしら」と、やや唐突に水口陽子が言った。
「上ってみるんですか?」
私はためらわず行動を起こそうとする水口陽子にはいつも感心する。
「都合良くあそこに立てかけてあるわよ」と糸井繁美。
「ではちょっと拝借しましょうか」と私も手伝うことにした。
糸井繁美と私とで脚立を運び、朽ち果てたツバメの巣の下に設置した。
「倒れると怖いからしっかり支えておいてね」と水口陽子が登り始めた。
「はーい」
糸井繁美は軽く返事をしているけれど、相手が霊とかなにか悪いものとかだったら
とっても危険なことをしているんじゃないかと不安に思っていた。
水口陽子が巣を覗き込むと、雛だったと思われる小さな骨が残っていた。
その骨をそっと持って脚立を降り
「背骨が折れているわね」と小さな骨を手にしたまま水口陽子が言った。
「カラスにやられたんでしょうか」と私は聞いてみた。
「恐らくそうでしょうね、供養すればもう悪い事も起こらないでしょう」
「でもそんな小さな雛なのに、もの凄い力を持ってるわねぇ」と糸井繁美は感心した様に言う。
「まだ息があった頃に見捨てられたのでしょう」
「怨念、ですね」と水野真澄がコメントする。
「そこの花壇の隅を借りましょうか」
「埋葬するのですね」
小さな穴を掘り、雛を埋葬し、4人で手を合わせた。
「多分これで大丈夫でしょう」
「そうだといいなぁ」
これで供養になるならいいな、と私は思った。
そしてふと空を見上げると、ツバメが旋回して去っていった。