私達4人は第三校舎の化学実験室に向かった。実験室に人気はない。
一通り実験器具を見て回ったが金魚の姿はなかった。
そもそも液体の入った容器といえば薬品の瓶くらいだったからだろう。
「ないわね」と水口陽子が淡泊に言った。
それに対して糸井繁美は「ビーカーか何か借りてみますかね」と提案した。
「そんな実験の様なことはなさらない方がいいと思います」
水野真澄がそう言い終わるか終わらないかといった時に、たまたま佐藤先生が現れた。
「君たち、どうしたんだね」
「あ、いえ、その・・・」
勝手に入ったという後ろめたさからか、糸井繁美はためらい口調になった。
「先生の奥様の事で少々お伺いしたいのですが」
そこで部長たる水口陽子が単刀直入に切り出した。
「・・・」
「よろしいでしょうか」と念を押す水口陽子。
「君は誰だね」
「失礼致しました。第二霊能部の水口と申します」
「あぁ、あの胡散臭い第二霊能部の諸君だったか」
「先生、まぁそう仰らずに〜」と糸井繁美。
「この度は大変ご愁傷様で御座いました」と水野真澄が告げる。
私を含めた他3人も同時に簡単な弔辞を述べた。
「あぁ・・・」
暫し沈黙が流れる。
「コーヒーでも飲んでいくかね」
習慣なのか、佐藤先生はそう言ってアルコールランプをセットし、ビーカーに水を注いだ。
ビーカーでお湯を沸かそうというのであろう。
「ああ、いかんな。一度に5人分もお湯が沸かせん」
「いえ、どうぞおかまいなく」
佐藤先生の手元のビーカーを見ていた糸井繁美が声を上げた。
「あ、先生!」
「どうした?」
「ビーカーに金魚が!」
一同、ビーカーを注視する。
「なぜ金魚が・・・」
これと同じことが糸井繁美の化学実験中に起こったのだろうか。
その時、水野真澄が切り出した。
「『金魚の壺』というお話をご存知ですか?」
皆が水野真澄の顔を見た。
「昔、あるとても仲のいい夫婦がいたんですが、
奥さんが病弱で亡くなってしまったんです。
彼女は旦那様の側にいたくて、金魚になって現れたというお話なんですけれど」
「つまりは・・・この金魚は先生の奥様の化身ってことですか?」と水口陽子が尋ねる。
「ふむ・・・しかし現実にそんなことが・・・」
その様に佐藤先生が思うのも当然のことだろう。
「現実にそこに金魚がいるのがなによりの証拠です」と水野真澄は念を押す。
「礼子だというのか・・・この金魚が・・・」
呟くように佐藤先生が言う。
「礼子さんと仰るのですね」
「ああ、そうだ。そうだが・・・」
「どうか金魚をお大事になさってください」
水野真澄が真剣に訴える。
「しかしビーカーの中ではな・・・」
「先生!火!」
また糸井繁美が声を上げた。
「ん?」
「火を消してください!煮えちゃいますよ!」
「あ、いかん」
佐藤先生は慌ててアルコールランプをよけて消したが既に遅く、
金魚は腹を見せている。
「この実験室は金魚にとって危険すぎますね、薬品も多いことですし」と水口陽子。
腹を見せていた金魚がすっと消えていく。
「先生、壺を買いませんか?」
些か唐突に水野真澄が投げかけた。
「壺?壺を売りに来たのか?」
「違いますよ、先生。逸話通りならご自宅に壺を買われては如何かと思いまして」
「奥様は先生と一緒にいたいのですよ」と水口陽子が後押しをする。
「・・・」
「壺さえあれば安全に奥様とご一緒に居られると思いますよ」
「うむ、そうだな・・・それなら安全だしな・・・」
「なるべくお早めに」と今日は妙に念を押す水野真澄。
金魚として現れることについての理由を聞きたかった私ではあったのだけれど
どうにも会話の流れに入れずにいた。
「今日帰りにでも買って帰るとしよう」
「よろしくお願いしますね、先生」
「いや、色々教えてくれてありがとう」
「それでは私達はこれにて失礼します」
佐藤先生を説得し終えたと見極めた水口陽子が告げた。
「ああ」
「先生、さようなら〜」
その時、私の視界の隅にふと赤く揺らめく姿が見えた。
が、よくよく見ると姿はなかった。
錯覚だったのかもしれない。
その後、金魚が化学実験室に現れる事はなくなった。