いつもの様に部室で雑談を始めた時、部室に置いてあるラジオが突然喋り始めた。
「・・・声が聞こえますか・・・この世界を呪います・・・」
「なにかしら、この放送」
水野真澄にしては珍しく質問を発した。
「世界を呪うって・・・」
ラジオドラマにしても鬼気迫る雰囲気を私は感じた。
「電波ジャックかしら」
「それよりラジオの電源を入れておりましたでしょうか」
「ラジオの電源なんて入れてませんでしたよ」
糸井繁美がラジオを確かめると電源は入っていなかった。
ラジオって電源を入れてなければ音は聞こえない筈などと、当然のことを私は考えた。
「余程強いか、或いは発信源の近い電波かなぁ」
「・・・私を追い詰めた世界を・・・」
「一番近い電波となると、学園内の電波塔かしら」
「電波塔に行ってみた方がよさそうね」
私も同意して「そうしましょう」と言った。
私達4人は支度をして部室を出て高台にある電波塔へと向かった。

 晴天にもかかわらず高台にある電波塔の上の方は霧のようなものが立ちこめていてよく見えない。
「あれは・・・」
「ただの霧ではないでしょうね」
「迂闊に上れないわね」
「風を呼びましょうか」
「え・・・」
風を呼ぶってどういうことだろう?
「真澄さん、風呼びの文言があるのね、お願いするわ」
水野真澄が文言を唱えて風を呼び霧のようなものが取り払われた。
が、そこに現れたのは中央が黄色く周りが白く光るアンテナだった。
「あの光は・・・」
水口陽子がアンテナを見つめる。
「光る水仙みたい・・・」
糸井繁美にしては詩的な表現だ。
「自己愛ですね、水仙の花言葉は」
水野真澄は流石に博識である。
「ナルシストってこと?」
「そうなりますわね」
「自己中になって世界を呪っているのかなぁ」
「ともかくも視界も開けたことですし、上ってみましょう」
水口陽子を先頭に電波塔の鉄製の螺旋階段を上り始めた。

 アンテナの設置してある場所は丁度踊り場の様になっている。
その中央に美しい少女の姿があった。私も含めて全員に見えている様だ。
結界を張らなくても大丈夫なのかと疑問に思っていると少女がまた語り始めた。
「・・・私の愛が届かないのなら世界を呪うわ・・・いつだって私は愛していたのに・・・」
「愛・・・」
「・・・話しかけて大丈夫かしら、なんか浸っているみたいだけど」
糸井繁美がぽつりと言った。
「大丈夫だと思いますよ、聞く気があるかどうかわかりませんが」
水口陽子が少女のすぐ側まで歩み寄り話しかける。
「ねぇ、あなた。あなたは何故世界を呪うの」
「・・・私は浩二君を愛していた・・・でも彼は離れていってしまった・・・」
少女が目を伏せる。美しい少女に暫し息を呑む水口陽子。
「・・・」
「・・・私を好きだと言ってくれる人は幾らでもいたわ・・・でも私は浩二君を愛していた・・・」
「あなたはあなた自身しか愛していなかったのではないの」
少女が顔を水口陽子に向けた。
「私・・・自身・・・?」
「そうよ、あなた自身よ」
糸井繁美も少女の側に寄った。釣られる様にして私と水野真澄も側に寄った。
「私は永遠を誓えたのに・・・彼は去ってしまった・・・」
「自分勝手ね」
水口陽子が言い放つ。それに続いた糸井繁美の言葉は更に辛辣だ。
「それって傲慢じゃない?」
「私の・・・傲慢・・・?」
「そうよ、ただの自己愛よ」
「人を愛するっていうのは、誓う事ではありませんものね。共感することですわよ」
それもひとつの考え方だな、とは思った。
「あなたはあなたの世界だけで彼を愛してると言っているだけでしょ」
「あなたが呪うべき世界はあなた自身の世界よ」
水口陽子が更に追い打ちを掛ける。このまま理屈で説得を試みる様だ。
「私は・・・」
「あなた、生き霊ね」
「・・・」
「あなた自身の世界に戻ってよく考えてみることね」
水野真澄が「申し訳ないけれど、あなたの生き霊は封じさせて頂くわね」と言い放った。
水野真澄が文言を唱え始める。
「私・・・私は・・・あぁ・・・」
かすかなうめきと共に少女はすっと消え去り、電波塔も平常に戻った。
「自分勝手な子だったね」
「極端な自己愛に走ると陥りやすい罠よ」
「そうですわね」
そんな心理状態にまで追い詰められることに疑問は覚えたけれど
そんな風になりたくないな、とも私は思った。
「ちょっと気分は優れないけれど、帰りましょうか」