ある日、普段通り部室に入ると、古めかしい部室に不似合いなものがあった。
そしてすぐさま部員全員が揃ったところで水口陽子が切り出した。
「今日は我が第二霊能部にもコンピューターが入ったわよ」
「え、いつの間に」
糸井繁美がすかさず反応した。
「第二霊能部も情報化の時代でしょうか」
私は思ったままを口にしてみた。
「これが現代科学の粋を極めたものですか」
まだ現代に不慣れと思しき水野真澄がつぶやいた。
「そんな大げさなものじゃないわよ」
「ネットも繋ぎ放題かなぁ」
「繁美さん、何を考えていらっしゃるの?」
「いやぁ、私も現代科学の恩恵を得るべくインターネットに繋いでみたいだけですよ」
「インターネット・・・」
水野真澄にとっては不慣れな言葉だろう。
「外部のインターネット接続には制限がありますけどね」
いつの間にかコンピューターを起動しウェブブラウザを開いている糸井繁美が
「あれー、このパソコン、変。動画サイトにアクセスできないぃ」と叫んだ。
「それも制限ね、諦めなさい」
「動画サイト・・・」
水野真澄には全く意味が解らないのだろう。
いきなり古い時代から現代にタイムスリップでもした感覚でいるかもしれない。
そんなことには全く関知せず「仕方ないなぁ。うちの学校のサイトでも見てみようっと」
とウェブブラウザを操作し、サイトを開く糸井繁美。
私も画面を覗き込んでみた。でもなにかおかしい。
「あれ・・・あれれ・・・」
「どうしたの、繁美さん」
「うちの学校のサイトがなんか変ですよ」
背後から画面を覗き込む水口陽子。
「これは・・・ハッカーによる改ざん・・・」
「え、ハッキングされちゃってるの?」
「ハッカー・・・ハッキング・・・」
この状況に至り、誰も水野真澄に説明する余裕をなくしていた。
「ここからじゃ何もできないわ、中央コンピューター室に行きましょう、
報告だけでもしないといけないから」
「一度中央コンピューター室に入ってみたかったんだぁ、チャンス到来」
糸井繁美は陽気にはしゃいでいる。
「遊びに行くんじゃないんですからね、第一入れるかどうかもわかりませんしね」
「よく判りませんけれど、参りましょう」
水野真澄も状況が切迫していることだけは感じ取った様だ。
「私もついていきます、この学校のことを少しでも知りたいし」
私達4人は新館5階にある中央コンピューター室に向かった。

 中央コンピューター室のドアをノックする水口陽子。しかし応答はない。
「誰もいないのかしら」
「開けてみれば判るんじゃないかしら」
そう言って糸井繁美がドアノブに手を掛けると、電気の様なものが走った。
「痛い!なにこれ!」
「中には倒れてはいるものの意識を失っている人の気配がふたつと・・・
他の何か異様なものの気配・・・」
水野真澄が特殊能力を発揮したようだ。
「じゃ、何だか判らないものに占拠されてるってことですか?」と私は問うてみた。
「でもそのドア、ノブに電気みたいなのが走って入れませんよ」
糸井繁美が珍しく慎重だ。
「そういう時はこうするのよ」と長い黒髪を揺らすと同時にドアを蹴破る水口陽子。
「あら、お上品・・・」と糸井繁美ですらたじたじである。
「さあ、行くわよ」
中央コンピューター室に入ると二人の人達が倒れている。
「寒い」と水野真澄がつぶやいた。
「コンピューターに熱は禁物ですからね、冷やしているのですよ」
「何、あれ・・・」
糸井繁美が指し示した先には黒い霧に包まれた中央コンピューターがあった。
4人全員に緊張感が走る。
すると突然机の上のコンピューターから声が聞こえた。
「私の名は今成宏美。当学園のスーパーAI」
「機械が喋った・・・」
今度驚いたのは水野真澄だけではない。
「人工知能・・・?」
糸井繁美が疑問を投げかける。
「どこかにいそうな名前ですわね」とやや冷静さを取り戻した水野真澄がつぶやく。
「今成宏美・・・教授と同じ名前」
水口陽子は学園内の人事にも詳しい様だ。
「ああ、電算科の教授の。でも亡くなられたわよ」
糸井繁美もこの方面については情報通らしい。
「それじゃ、教授の魂がコンピューターに宿ったってことですか?」
私は思ったままの疑問を口にした。
「そう考えるのは性急ね、単にそうプログラミングされているだけかもしれないし」
「でもそうとでも考えないと、ドアが開かなかった件も、
二人が倒れてらっしゃる件も説明がつきませんでしてよ」
幾らか現状を把握したのか、水野真澄も状況分析を口にした。
「それもそうね」
「今成教授、何が目的なんですか?」
糸井繁美が率直に質問を投げかけた。もう今成教授だと決めつけた様だ。
「私はただ存在しているだけ。それを阻む者を退けるだけ」
ストレートな返答があったことに私は驚いたのだけれど
他の人達にとってはそうでもなかった様だ。
「でも教授の肉体はもうこの世にはないのですよ」
水口陽子は常に冷静さを失わない。
「その為に私はこの中央コンピューターの中で生きる」
「でもいくらコンピューターが発達したとはいえ、所詮は機械。
電気信号のロジカルな仕組みに過ぎないのではなくて?」
「確かにノイマン型コンピューターには限界がありますわね」
水口陽子も意外に詳しい様だ。
「教授、ただ存在するだけじゃ、意味がないんじゃ?」
「存在していることそのものに意味があるのよ」と今成教授は反論した。
「繁美さん、話しかけてはだめよ、取り込まれるわ」
水口陽子が制止した。
「電源を落とせばいいんじゃないかしら」
水野真澄がそう切り出した。私もそれが一番手っ取り早いんじゃないかと思った。
でも水口陽子は冷静に「そんなことをしたら学園内の機能が全てストップしてしまうわ」
と思案深げに話した。
その時、何を思ってか「陽子さん、あそこの端末に結界を張って!私が止めるわ」
と糸井繁美が意気込んだ。
「どうするつもり?」
「ちょっとコンピューターをちゃちゃちゃっとやってみようかと」
「わかったわ、結界を張ります、あとは頼むわよ」
4人は端末周辺にかたまり、水口陽子が結界を張った。
今回は正方形状だ、結界の天井もある。
真上からの攻撃も防げる硬い結界ということだろうか。
糸井繁美が素早く端末を操作する。
「何をしようと企んでいるの?」
今成教授と思しき声が不安げに問いかけてきた。
「教授の拠り所としているプロセス及びモジュールを全てストップさせたわ。
もう教授の魂は中央コンピューターに留まれなくなったのでない?」
今度は中空からかすかに声が響き始めた。
「ううう・・・私のアクセス権まで奪ったのね・・・」
「もう教授の居場所は現世には御座いませんでしてよ」
「さあ、霊界にお戻りください」
「・・・苦しい」
本当に苦しそうだ。
「霊界にお戻りになれば楽になりましてよ、教授」
「バックアップ・サーバーの方も手配済み、もう痕跡すら消しちゃいましたよ」
糸井繁美の技術力って計り知れないものがあるのだなと私は思った。
「そんなに私の・・・邪魔を・・・」
「本来あるべき状態にしただけですよ」
「私はただ・・・存在し続けたかっただけなのに・・・」
「サイト改ざんまでしたのは何故ですか?」
そうだ、そもそもの発端はそのことだったと私は思い出した。
「改ざんは私のしたことでは・・・先程復旧させてセキュリティも強化したのは私・・・」
教授のお陰で学校のシステムも保持されているのかと私は感じた。
「ではサイト改ざんはただのハッカーによるものだったのですね」
「私のシステムは誰にも渡したくなかったのに・・・」
「もっと現世に残れる者を信頼してくださいませんか」
水口陽子は極めて現実的だ。
「何れにしても来月にはシステム入れ替えをする予定でしたけどね。
それでも教授の残した遺産は引き継がれると思いますよ」
糸井繁美も教授に配慮しつつ説得を試みている様だ。
「もっと人を信じてください、教授」
「私は・・・信じていなかったのね・・・」
「後任の教授も優秀な方だと伺っておりますし」
「後藤教授に・・・後はまかせろ、と・・・」
「そうですよ、人々は世代交代を重ねながら進歩してゆくものです」
世代交代、そうだ、常に世の中は世代交代を重ねながら流れてきていると思った。
「もう私の居場所はここにはないのね・・・」
「それでは供養申し上げますので、どうかご容赦を」
水野真澄が供養の文言を発した。
「さようなら・・・最後に気付かせてくれてありがとう・・・」
「さようなら」
声をそろえて別れを告げた。
しばし中空を見つめる4人。
私も黒い霧の様なものが晴れるのを見送り
今成教授も思い残すことなく成仏したのだな、と思った。
「さて、帰りましょうか」
水口陽子の一言で、皆コンピューター室を後にした。