部室で心霊現象に類した雑談していると、糸井繁美が不意に切り出した。
「今日は部活休みにして、プラネタリウムに行かない?」
「え、どうして部活動を休みにするのよ」
水口陽子が制止するように言った。
「たまには息抜きもいいじゃない」
「そういうのもたまにはいいですわね」
水野真澄が柔らかく応じた。
「水野さんがそう仰るなら、参りましょうか」
私も異論はなかった。もう少し興味深い雑談を聞いてもいたかったけれど、
一人で部室に残っているのも心細いので
「同行させていただきます」とついて行くことにした。

 学校敷地内には科学技術館があり、私達4人はその屋上にあるプラネタリウムに入った。
第二霊能部にいると、学園内の色んなところに案内もされている気分だ。
普段は物騒な出来事がつきものではあるけれど
今日は部活は休みだし物騒なこともなさそうだし
パンフレットでしか見たことのないプラネタリウムに行けることに心が躍った。
プラネタリウム内に入ると他に人はいなかった様で、中央付近の一番いい席に座った。
「プラネタリウムって素敵よね、よく眠れるし」
「眠りに来たのですか」
「ああ、言われてみれば糸井さん、徹夜明けでしたね」
「そうそう、ゆっくり星々に抱かれて眠るの」
「そういう魂胆だったのね」
「確かに椅子も座り心地がいいし、よく眠れそうですわね」
糸井繁美のマイペースさには不思議な安心感がある。
「さあ、始まるわ。私は寝る準備だけど」
「糸井さん・・・」と私は少々呆れもしたけれど、
その天真爛漫な態度が安心感にも繋がるのだろう。
プラネタリウム内の明かりが消え、真っ暗になったと思うと、一面星の海に変わる。
「今日は私達4人だけみたいね」
「それでもいびきはかかないから安心してね」と糸井繁美は言った。
「おやすみなさいましね」と水野真澄が応じる。
「って、幾ら私でもすぐには眠れませんよっと」
その時、水口陽子が宙を指さす。
「あれ、なにかしら、あの赤い星。あんなところにあんなに明るい星がありましたっけ」
「おかしいですわね。私の記憶違いでなければあんな星はない筈ですけれど」
「なんだかだんだん大きくなっていませんか?」と私は問うてみた。
「一等星よりも大きくなってますね」
「なにかの演出かしら、彗星とかの」
「近づいてくる彗星なら、青色偏差で青く見える筈ですわ」
「糸井さん、どう思う?」
水口陽子が横を見ると既に目を閉じ、いびきをかき始める糸井繁美であった。
「ちょっと、糸井さん・・・」
「あ、星が分裂しましたわ、六つに」
「でもそれぞれがまた大きくなってますね」
「また分裂しましたわ」
「これは演出ではなさそうね。なにか危険を感じるわ」
「そうですわね」
そう話している間に赤い星々は分裂を重ね、やがて天いっぱいに広がりつつあった。
「念のために結界を張るわよ」
こんな時、やはり水口陽子は頼もしい。
水口陽子が挙げた手から放射状に光が放たれ、今回は半球状の光の壁が出来上がった。
状況に応じて結界の形状は変えられるらしい。
だがその時、「懐かしき我が地球の民に告ぐ。再び傘下に入るがよい」と中空に声が響く。
声の質からして胡散臭いと私は感じた。言ってる意味も判らないし。
「プラネタリウムで何を言ってるのかしら」
水口陽子はやや緊張感から解放された様だ。
「外の現実世界こそ鏡に過ぎない。この天こそが本体なのだ」
「なにを仰っているのかしら・・・」
水野真澄にも意味が判らないらしい。
私にもさっぱり判らない。
「つまりはこのプラネタリウムを介して地球を占領するということね」
と水口陽子は分析を口にした。
「占領ではない、本来の位置に戻るだけのこと」
「それにしては間抜けね、倒すべき本体がここにいることを明らかにしたのだから。
それならあなたを倒すまで!」
「でも、倒すにしても方法がありませんことよ」
「水野さんの破邪の呪文も効かないってことですか?」
「念のため、試してみますわ」
水野真澄が呪文を唱え始め、私も心の中で念じてみたが、それを遮って星の声がした。
「詮無き事をする。我にその様なものは通じん。
この天が我が色に染められた暁には、再び地球は我が傘下に入るのだ」
「このプラネタリウムの照明操作はどこでするのかしら」
「あそこに入口がありますわ」
「では、ちょっと行ってくるわね」
「陽子さん、結界を出るのですか?」
「大丈夫よ。それより急がなくちゃ」
水口陽子が操作室に駆け寄り扉を開くと操作技師が倒れていたが、
気に掛けず照明パネルを探す。
「な、何をするか」と中空の声が動揺を示した。
「ちょっと明かりを点けるだけよ。さあ、光の中に消えておしまいなさい!」
水口陽子が照明のスイッチをオンにする。
「や、やめよ!う・・・嗚呼・・・」
プラネタリウム内の明かりが点き、赤い星はその光の中に溶けていった。
「妙に呆気ないわね。でもよしとしましょう」
水口陽子が皆のいる座席にゆっくりと戻ってきた。
「お見事でした」
「なんだか間の抜けた相手でしたけど」
本当に呆気なかった。地球を傘下に置くだけの実力があったのかも疑問だ。
「ん・・・終わったの?」
「お目覚めですか、お嬢様。よく眠れまして?」
糸井繁美があくびをしながら応じる。
「はーい、お陰様で」
「糸井さんもお見事ですこと」
私は第二霊能部って一体どんな役割を担っているのか不思議に思ったが口には出さなかった。
何かこの学園の守護を司っているのだろうか。それとも地球の守護?
そんな私の疑問は余所に「さあ、帰りましょうか」と水口陽子は華麗に言った。