いつもの様に私が第二霊能部の部室に入ると、既に他の全員が集まっていた。
でも全員といっても私以外は3人だけ。
部活動って5人以上いないといけないのじゃなかったっけ、等と考えているうちに
「こんにちはー。唐突だけど、時計塔に幽霊が出るって聞いた事ない?」
糸井繁美は相変わらずあっけらかんと尋ねてくる。
「まんざら噂だけでもなさそうなのよね」
水口陽子は例によって何か含んだ言い方をする。癖なのだろう。
けれど私はどうしてか話に引き込まれる。
「随分昔に時計塔に落雷があった時、
その下にいた女性が亡くなったということですしね」
水野真澄は常に淡々とした語り口だ。
でも水野さんの随分昔っていつのことだろう。
「で、早速だけど、我が霊能部が事実確認をしてみよう、と」と席を立った。
糸井繁美は快活だ。
「では、参りましょうか」と水口陽子が言葉を受けた。
私には有無を言わさず三人は支度を始めた。
この三人のペースに遅れまいとするだけで精一杯である。

 部室を出て正門からさして遠くはない時計塔の下に私達4人は着いた。
「時計塔に落雷があった時、
ここにいた女性が落ちてきた時計の針に
刺される様にして亡くなられたんというお話なんです」
随分と物騒な話だ。でも今日は晴れていてよかった等と詰まらないことを考えた。
「でも特に変わったところはないみたいだけど」
糸井繁美が時計塔を見上げながら言った。水口陽子は時計塔の下の隅を指さす。
「あそこに時計塔の入口があるわ、入ってみましょう」
私は余程制止しようかとも思っていたのだけれど
一人臆するのも癪だったのでついて行くことにした。
幸い鍵もかかっておらず、中に入った私達4人は狭くて長い螺旋階段を上へと登り、
やがて時計の文字盤の裏まで上がった。
少し息が切れたがそんなことには構っていられない。薄暗さが一層不気味である。
「さすがに薄気味悪いわねぇ」
水口陽子でも臆することがあるのかと、少し意外だった。
「由緒ある時計塔なんですけどね」と水野真澄が言葉を継いだ。
その時、時計塔の鐘が鳴り始めた。
「あ、3時ね」
「思ったより早い時間ですわね」
「特になにも起こらない様ね、暫く様子を見ましょう」
その言葉通り、少し様子を見ていた。
その時、時計塔の鐘が鳴り始めた。
「あ、3時ね」
「思ったよりも早い時間ですわね」
「特になにも起こらない様だし、暫く様子を見ましょう」
その言葉通り、少し様子を見ていた。
その時、時計塔の鐘が鳴り始めた。
「あ、3時ね」
「思ったよりも・・・早い時間ですわね」
「特になにも・・・あれ、デジャビュ。おかしいわ、結界を張るわよ!」
「え、どうしたの?」
デジャビュ?ケッカイ?私にも何のことだかわからない。
水口陽子は私の疑問を察した様で
「範囲は限定されし、一時的にではあるけれど聖なる領域を作って身を守るのよ、
いらっしゃい、急いで」
私は水口陽子の言う通り急いで側に寄った。
側に寄るのが早いか、水口陽子が情報に挙げた手から6つの光の点が放たれ
それらが私達を取り囲む様にして正六角形に散らばり光の線で結ばれたかと思うと
今度はその線から上に向かって光の壁を作った。
丁度正六角柱の様でもあるが、上の方に行くに従って光が薄くなっている。
「どうやら私達は閉じた時間に閉じこめられそうになったみたいね、
さっきからずっと3時を繰り返していたから」と水口陽子が解説した。
3時を繰り返していた?
どういうことなのだろうか。
「誰かいるわ、感じる」
糸井繁美が辺りを見回しす。
糸井繁美にも特殊能力があるらしい。
「あ、あそこに誰か座ってる!」
糸井繁美が指さした先の木箱の上に少女が座っているのが見えた。
さっきは何も見えなかったのに。
そして少女は口を開き「あたしの未来を還して」と言った。
懇願するでもなく、ただ要求してくる様な口調だった。
「あなた、誰?」
と水口陽子が鋭く問う。
木箱の上の少女は言う。
「もうこの時間から先へは進めなくなってしまったの。
あなたたちにも付き合ってもらうわ」
「どうしてそんなことに?」
「私達が何をしたっていうの?」
「あなたたちはやっとあたしの前に現れてくれた貴重な人達なの。
あたしはずっとここで一人きりだったのよ」
水野真澄の目が鋭くなった。
「あなたに一体何があったの?」
「あたしは待っていただけ。学校開放日の日に時計塔の下で。
ただ気付いたらあたしはここにずっと閉じこめられていた」
「あなたの時間はあの事故から止まってしまったままなのね」
水野真澄はそう呟いたが、その少女には理解不能だったろう。
「それならこちらへいらっしゃい、この結界の中に。
ここではちゃんと時間が流れているわ」
水口陽子が誘った。
「そんなことをしてもあたしの待っていたい気持ちはどうなってしまうの?」
「あなたが待っていたのはもうずっと昔のことなのよ。
あなたが待っていた人はもう来ない。
もう十数年の前のことなの。さあ、いらっしゃい」
水口陽子は引き続き誘う。
「諦めろと言うの?」
「無理にとは言わないわ。でもそうして待っていても、あなたの待っていた人は来ないわ」
「いいの、それでも。あたしは待っていたいから。いつかきっと来ると信じて待っていたいから」
「そうして永遠に哀しみを抱き続けることになっても?」
「哀しいとは思わないわ、待っている気持ちは素敵だもの」
「そう、わかったわ。それなら私達は引き上げるわね」
水口陽子は説得を諦めるかの様にそう言い放った。
私には幽霊の存在すら未だに疑問ではあったけれど
現に目の前に幽霊がいるみたいだし
幽霊ともなれば人の言うことなど聞かぬものと思ったので同意見だった。
しかしそこで水野真澄が口を開いた。
「でも現実を認めることも大切よ。ほら、私の時計を見てご覧なさい。
もうとっくに3時は過ぎているのよ」
「あたしの3時が・・・過ぎている?」
「そうよ、過ぎてしまったの。あなたの3時はもう遠い昔・・・」
少女は木箱から降りて水野真澄の腕時計を覗き込んだ。
「過ぎてる、あたしの3時が・・・もう待っていても仕方ないのね、あたし・・・」
少女の姿が揺らぐ。
「さようなら、あたしの3時・・・教えてくれてありがとう」
少女の姿は薄らぎ、薄暗闇の中に溶けていった。
「消えちゃった・・・」
「3時を過ぎていることにずっと気付かずにいたのね」
「これで・・・よかったのよね」
「待ち続けるなんて辛い筈だもんね」
「呪縛から解き放たれたのだから、これでいいのよ」
私はただ、彼女たちが話すのを聞いていた。
「では、帰りましょうか、私達の悠久に流れる時間へ」