ホームルームが長引いて私は少し遅れて第二霊能部の部室に入ると
既に他のメンバーは揃っていた、水野真澄も含めて。
失踪していた水野さんが何故第二霊能部にいるのかが分からなかった。
今頃は失踪からの帰還で大騒ぎになっていてもおかしくない筈なのに。
しかも多分昔の制服なのだろう、それを着ている。
つまり学校側も承知しているってこと?
それに霊能部と第二霊能部の関係って?
第二ってどんな意味があるのだろう。
そんな思案とは別に、すかさず糸井繁美に声を掛けられた。
「こんにちはー、今日は図書館に行ってみようって話していたのだけどね」
私は早くも危険を感じた。糸井さんってポジティブな疫病神か何かじゃないかと疑った。
「水野さんのお話によるとね、絶対に読んではいけない本があるそうなのよ、
ね、水野さん」と水口陽子が言葉を継いだ。しかもいつの間にか水野真澄と親しげだ。
「そうなの、もう封印されて倉庫に収められた筈の本なんですけどね、
何故だかすぐ書棚に戻っている本」
「自然と戻るということですか?」と私は問うてみた。
本当に問いたいことは他に山ほどある。
でも目の前にある課題をクリアすることの方が、この人達にとっては大切そうだ。
というより、私以外にはもう皆周知の事実が沢山あるのだろうか。
「自然というより不自然にね、自動的みたいだけど。
で、早速我らが第二霊能部で調査してみようとしてるのよー」
「どう、あなたもこれから行ってみない?」
有無を言わさぬ水口陽子の口調に「は、はい、連れて行ってください」と応じてしまった。
「そうこなくっちゃ、ね」と糸井繁美は相変わらずポジティブだ。
水口陽子と水野真澄の二人は私の返事を待つことなく支度を始めていた。

 部室を出て私達は図書館に向かった。
角を二つばかり曲がった先にある古めかしい図書館に入っていく。
外観と違わず館内も古めかしい作りである。古めかしいというよりは不気味ですらある。
「相変わらず気味が悪いわねぇ、この階段」
糸井繁美は率直な感想を述べた。
「階段に燭台があるくらいですからね」
何年前だか何十年前だかに入学したのか分からないけれど、水野真澄は流石に詳しい。
私は薄暗い階段の足下を気にしながら上っていた。
「それで、その曰く付きの本はどこにあるのかしら」
糸井繁美の天真爛漫な発言だ。
「第一図書室、即ち古典や歴史書の書棚にある筈よ」
それに比べると水口陽子の事前調査は綿密である。
二階に上がってすぐのところに第一図書室はあり、皆憶することなく入っていく。
私は恐る恐る後を追った。
「本のタイトルは『悪魔の歴史』でしたっけ」
水口陽子は念のため確認するというより、私達全員へのアナウンスに近い。
「ええ、そうですよ」
穏やかに水野真澄が応じた。
宗教や哲学を扱う第一図書室の書棚を4人で探す。
どうにも蔵書が多すぎて、手分けをして探す他ない。
私は十五分以上はかけて背表紙を目で追っていた。
「見つからないけど、本当にここにあるの?」
早くも糸井繁美は興を削がれつつある様だ。
「ある筈なのですけれど・・・おかしいわ」
「ねぇ、ちょっとこの書棚を見て」
水口陽子が指した書棚を見ると、本一冊分のスペースがあいている。
「あら、丁度一冊抜き取られた感じね」
糸井繁美がそう応じた。
「ってことは、誰かが」と私は性急に口にしてみた。
「この第一図書室の本は貸し出し禁止だから、室内にある筈ですよ」
水野真澄が淡々と話す。
「探しましょう!」
と、水口陽子が言う間もなく、閲覧室から一人の少女が本を抱えて歩いてくる。
少女は赤いオーラに包まれて揺らめいていた。
「ちょっと、あなた!その本もしかして『悪魔の歴史』じゃない?」
糸井繁美がいきなり核心を突いた。
「貴様らに用はない、立ち去るがよい」
少女の声は悪魔の様でもある。
少女が腕を横に振ると糸井繁美が跳ね飛ばされた。
「きゃっ!」
その場を立ち去ろうとする少女の肩を水口陽子が掴む。
「待ちなさい!」
「我が身に触れるな!」
水口陽子の腕に電気の様なものが走り、思わず手を離す。
代わって少女の前に水野真澄が立ちはだかった。
「碧い魔物よ、お力をお貸しください!
オン 杜那杜那 摩他摩他 可駄可駄 訶耶掲?婆 鳴吽柿 娑婆訶
(おん となとな またまた かたかた かやきりば うんうんばった そばか)」
水野真澄から碧い閃光が放たれ、少女の赤いオーラを圧倒する。
私は咄嗟に呪文を真似した。不思議と淀みなく
「オン 杜那杜那 摩他摩他 可駄可駄 訶耶掲?婆 鳴吽柿 娑婆訶
(おん となとな またまた かたかた かやきりば うんうんばった そばか)」と
唱えることが出来た。
辺りが碧い光に包まれ、
悪魔のうめき声と共に少女の手元にある『悪魔の歴史』が消えてゆく。
やがて辺りは日常の光に戻り、少女が倒れかかったのを糸井繁美が抱き留める。
「大丈夫?」
「ありがとうございます、助けてくれたのですね、
ずっと見えてはいたのですが身体の自由が利かずに・・・」
「無事でよかったわ」
「あの本も消えた様だし、無事解決ですわね」
「ただ、ちょっと気になることはありますけどね」と水口陽子がちらと私を見て
「あなた、呪文が使えるの?」
「え、ただ私は咄嗟に、そうしなきゃいけない気がして真似をしてみただけで」
「そう、まあいいわ。その素養、大切にしてね」
私に素養があるのだろうか。不思議な力に突き動かされた気はしたけれど。
「新入生スカウトの目に狂いはなかったってことで。とにかく私達、やったわね!」
思いの外あっけなく終わってしまったが、私にも手助けは出来たみたいだし
皆無事でなによりだと思った。

こうして図書館の怪は解決された。