私が入学した妻咲立女学館高等科では入学式を終えての校門近くが賑わっていた。
それというのも各部活動の新入生勧誘が盛んに行われていたからだ。
部活動に属さないつもりであった私の前に一人の人物が立ちはだかった。
「こんにちはー、糸井繁美です、初めまして。よかったら第二霊能部に入部しない?」
唐突に現れた彼女に私は少し怯んだ。
あまりの勢いに「第二・・・レイノウブ?」と鸚鵡返しをするのが精一杯だった。
「そうよ、我が第二霊能部の特別勧誘、あなたを見つけたわ、一緒にいらっしゃい」
「一緒に?」
糸井繁美は私の両手を取り
「そうよ、あなたは我が第二霊能部に選ばれし特別な新入生なの。スペシャルなの。
だから一緒にいらっしゃい」
正面からじっと見つめられても困る。こういう人を眼力のある人というのだろうか。
そして「スペシャル?」とまた鸚鵡返しに聞いてみた。
「そうよ、スペシャルよ、さあいらっしゃい」と糸井繁美は強引に私の手を引いて
歩き始めた。
私は手を振り払うことも出来ず「え、あの・・・」と気圧された私は言葉をなくした。
私の手を引きながら「新入部員第一号よ、よろしくね。早速部室に案内するわね」
と糸井繁美は言った。私が応じる前に何故だか既に入部が決まってしまった様だ。
そして糸井繁美に連れられて校舎の奥まった廊下を進み
「うちの部は廃部寸前でこんな狭い部室だけどね」
と糸井繁美は「第二霊能部」と表札の掛かったドアを開けながら部室に導く。
確かに部室は狭く、古めかしさを醸し出していた。
「新入部員連れてきたわよー」
部室に入ると糸井繁美とは対照的な長い黒髪の女性が出迎えてくれた。
まるで占い師の様な風貌だ。
「入部ありがとう!部長の水口陽子です、あなたには特別なものを感じるわ、
丁度一人足りなかったし。よろしくね。これでなんとか部員が3人になったわけだけど、
早速簡単に第二霊能部について説明するわね」
この人が部長なのかと思いつつも、いつ私の入部は決まったのだろうと思案する間もなく
水口陽子は部室のロッカーから書類の束を取り出してきた。
「この部の歴史は結構古くて、古い活動記録もあるわ。
その中のひとつがこれ、初代部長が失踪する直前までの手記よ」
私はふと興味を抱いて「失踪、ですか?」と尋ねた。
「いいのいいの、細かいことは気にしないで質問は後でまとめてお願いね」
と糸井繁美が口を挟んだ。失踪が細かいことなのだろうか。
水口陽子は気にもとめぬ様子で続きを語った。
「で、色々書いてはあるんだけど、特にここ、この頁を見てね」
机の上に開かれた古い日記の最後の頁に『私は確実に碧い魔物に殺される』とある。
糸井繁美が私を見た。
「どう?怖くなってきた?」
「ちょっと、怖いですね」
「これ、実話だからね、怖いのよ」
糸井繁美の言葉を引き継いで水口陽子がいかにも怖そうな形相で語り始めた。
「初代部長、水野真澄さんっていう方なんだけどね。未解決なのよ、この失踪事件。
でね、碧い魔物については他にも目撃者がいてね」
もったいぶった言い方である。
「何を隠そう、私達二人も見てるのよ」
得意気に糸井繁美が言った。
「といっても安心してね、この部室には結界が張ってあるから大丈夫だからね」
ケッカイってなんだろう、と私は思ったが言葉には出来なかった。
「まあともかくも大事な資料だから、一通り目を通して暗記しておいてね」
「え、暗記ですか?」
暗記が苦手な私はたじろいだ。
「で、早速なんだけど、その碧い魔物の住み処は突き止めたのでね、行ってみない?」
私の反問など聞いてくれない強引さに少し躊躇いつつ
「大丈夫なんですか、そんな危なそうなところに行っても」と問うてみた。
そもそも私は入部するなんて一言も言っていないのに、
この強引過ぎる二人に引き連れられて
そんな危険そうなことに巻き込まれていいのだろうかと考えた。
「もちろん完全な安全確保なんて難しいけど、多分大丈夫よ」と糸井繁美が応じた。
「多分、ですか」
確かに世の中確実なんてことは殆どないだろうと思い
ある意味正直さを感じて好感が持てた気もしなくもなかったのだけれど
「さあ、行きましょう」と水口陽子の押しの強い一言に引きずり込まれながら
私の入部がいつ決まったのかが頭に引っかかったままだった。
水口陽子は簡単に書類をまとめて戻し、カーディガンを羽織った。
糸井繁美は先程の格好のままである。
「碧い魔物の住み処は第一庭園、即ち一番古くからある庭園の池の畔なのよ」
糸井繁美が得意気に言う。

広大な敷地の中のうちのひとつ林道を抜け第一庭園に向かう。
私にとっては当然初めての場所で、敷地の広大さに改めて驚きを感じた。
第一庭園には中央に池があった。
「見てご覧なさいよ、あの岩の上」
水口陽子が池の畔にある岩を指した。
しかし私には岩の上には何も見えない。
「多分、だけどね、あの碧い魔物は池に還りたがっていると思うの。
初代部長の日記にもそんなような事が書いてあったから。
でも初代部長は池に還すと碧い魔物と約束したらしいのね」
「でもその約束は果たされなかった」
「恨みかどうかは判らないけれど、その結果が失踪事件だと思うのよ」
「それでね、私達二人であの岩ごと池に転がし落とそうとしたんだけど力不足でね。
そこであたなの力も借りたいのよ、3人ならなんとかなると思ってね。
どう?力を貸してくれる?」
ここまで来てしまっては厭とは言えない。
というか、これが目的の新入部員勧誘だったのか、と今更ながら気付いた。
「はい、私でお役に立てるのなら」と応じた。
「ありがとう!力強い言葉ね、感謝するわ」
全然力強く言ったつもりはないのだけれど。
どうも水口陽子には人をその気にさせる力がある様だ。
3人で岩の裏側に回り込み、手を添えた。
いざ手を添えてみると不思議と緊張が走る。
糸井繁美は意気込んで「それじゃ、押すわよ」と私達に声を掛けた
その時、空気が揺らめいた。
「あ!待って危ない!」
糸井繁美が何かを感じた様だ。
私は何もせず呆然としていた。
「大丈夫?」
一瞬碧い風が揺らいだが通りすぎた様だ。
「どうやら私たちを試したようね」
「それじゃ、改めて押すわよ、1、2、3!」
岩が滑り動き池の中に転がり落ちる。
それから数秒後、池の中央に水柱が上がり、岸へむかった。
そして一人の少女が池の畔に残された。
少女は目を覚ます。
「私・・・生きてる・・・」
水口陽子が少女に駆け寄る。
「あなた、大丈夫?」
「あなた・・・誰?」
「私は第二霊能部の部長をしている水口陽子と申します」
「霊能部・・・?それ、私の部活・・・」
「え・・・それじゃあなたは・・・」
「霊能部部長の水野真澄です。碧い魔物が・・・私達を守護してくださると言っていました」
失踪していた初代部長の発見は少なからぬ衝撃を私に与えた。
そして自らにもこの活動に参画する意味を見いだした気がした。

これから第二霊能部の冒険が始まる。