翌日、紗綾は登校していなかった。
篝は、昨日紗綾に会ったことが精神的に落ち着きを与えたみたいで、
元気いっぱい夢いっぱい的な感じだった。
また紅愛と智恵理はあいも変わらずであった。
先生達も普段と何も変わったところは無かった。
また、人相の悪い大人たちも全くいなかった。
何かがまた変わったのだろうか、平穏な学園生活を送れるような気になってしまった。
 放課後。
演劇部の練習はいつもよりみんなの気合が違っていた。
入りすぎだろうというぐらい気合が入っていた。
みんなの目は真剣そのものだった。
まるで何かが乗り移ったかのようだった。
なりきってる。
いや、役そのものだ。
と、感じた。
顧問の出雲先生や櫻田先生も声ひとつ発することも出来ないでいた。
そこに居たのは、つい先日演劇を始めたばかりの人間たちの芝居ではなかった。
まさか・・・・
紗綾が・・・・
神社・・・・・
神様・・・・・
(ええええええええええええええええええええええ)
心の中で叫んでしまった。
(考えすぎだ。絶対考えすぎ。昨日ちゃんとお風呂で決着つけたはずなのに・・・・)
「陽子ちゃん。陽子ちゃん!」
篝に呼ばれるまでどっかに行ってしまっていた。
「えっ、なあに?」
「さっきからずっと呼んでるんだよ」
「ごめん、気付かなかった」
「どうしたんですか?」
智恵理が心配して声をかけてくれた。
「うん、よくわかんないけどなんとなくね」
「陽子ちゃん、ちゃんとしてくんないと。ノートとり忘れたりとかすると私が赤点取ることになるんだからね」
(けっ、自分のテストのことか)
「どうしたの?」
今度は紅愛がやさしく声をかけてくれた。
それを見ていた篝は、
「ダメだよ、やさしくしちゃ。甘やかすことになるから」
(って、お前は何様だ!なんでそんな言い方するんだよ)
幼馴染も善し悪しだ。と、おもう瞬間だ。
むっとした表情をみせて稽古場を後にした。
なんとなく拗ねてみたくなったからだ。
校庭では運動部員たちの声が響いていた。
寝そべってみた。
雲が異常に早く流れているように見えた。
あまり風を感じていないが、空の上ではすごいことになっているんだろうなぁと想像した。
目の前に、智恵理の顔がすっと現れた。
「うっ・・・・」
「どうしたの?なんかあった?」
「・・・・・」
今の気持ちを、どう説明すればいいか分からなかった。
「なんかこう・・・・イライラして・・・・ごめん・・・・」
心が痛くなってくる回数が増えてきているような気がした。
「今ね。機関は静観することになったの」
智恵理がひとりで話し始めた。こういう形で智恵理と話をするのは初めてだ。
「あなたが大変な思いをしている時に私は何もしてあげられなった」
「・・・・」
「しょうがないよね。もともと機関の人間なんだから」
その表情にはさびしさがあった。
「機関というところはね・・・」
「ちょっと、そんなこと話して大丈夫なの?」
「いいよ。あなたならしかたないと上のほうも納得するよ」
「そう・・・・」
「機関というところに入ったのは三歳のときだった」
「えっ・・・・」
「天才児と呼ばれて、両親が有頂天になりスカウトに来た機関の人間に私を売ったの」
「売った・・・・?」
「そう、何億というお金を私の両親は手に入れた。それでけんかが絶えなくなり離婚。
親権争いの裁判にまでになったの」
「・・・・・」
「裁判の結果、母が親権をとったの。でもね、お金って多く持つとね、心がちゃんとしてないと人を狂わすものなの」
こんな、人の身の上話を聞くのははじめてだった。
映画や本でしかお目にかかったことはなかった。
意外とみんな身内話はしないものだ。
「俗に言う。英才教育ってやつで、八歳の時には博士号もとった。結局、中学卒業までにほとんどの国の有名大学は出たわ」
(なにを言ってるんでしょう、この人は・・・・)
また、許容範囲を超えた話をされている。
本当に同級生なのだろうか、疑問を持った。
「中学卒業と同時に機関の一員になった」
頭いいんだ。とこれまた素直におもった。
「機関って何をしてるとこなの?」
「それは・・・・詳しくは言えないの。秘密の部署だから」
秘密の部署って、でもそこは私たちの税金でやっているところでしょ、
とはいえ私はお店でとられる消費税しかまだ払ったことないけど。
「だた、今はここにいられることがすごく楽しいの」
今まで見たことの無い表情を見せる智恵理だった。
それは、早くから大人の世界にいて、
早く大人に成らなければならなかったひとりの女の子が、当たり前の学校生活 に触れ、
当たり前の感情と友達を手に入れた今だから見せられるものだった。
当たり前って意外と大切なのかもしれないと神様と両親にちょっとだけ感謝した。
そして事情っていうものは色々とあるものだと改めて感じた。
それぞれ大なり小なり抱えているものなんだ。
こんなことを考えるのはちょっとは大人になった証拠かもしれない、なんておもってみたりして。
智恵理はまだ話したそうだったが、機関のことは相当秘密みたいで
言おうかどうしようか迷っているみたいだった。
「無理に話さなくてもいいよ」
「・・・・ごめんなさい」
「別に誤らなくても・・・・」
「・・・・」
ちょっとだけ風が吹いた。智恵理の髪が少しなびいた。
それから二人とも黙ってしまった。
運動部員たちの声も少し減ったころ、櫻田先生がやってきた。
「春日さん、ちょっと職員室まできてくれます」
機関からの呼び出しだとおもった。
「・・・・はい」
立ち上がる智恵理の身体からは力が感じられなかったが、
「大丈夫だから」
と笑顔を見せてくれた。



つづく